格言 パスカル。 パスカルの名言・格言(パンセに残された深い思索の痕跡)

ブレーズ・パスカルの名言格言94選│名言格言.NET

格言 パスカル

影響を与えた人物:• 、、、、、、、など ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal、 - )は、の、、、、、、、である。 神童として数多くのエピソードを残した早熟の天才で、その才能は多分野に及んだ。 ただし、短命であり、三十代で逝去している。 死後『』として出版されることになる遺稿を自身の目標としていた書物にまとめることもかなわなかった。 「 人間は考える葦である」などの多数の名文句やなどの多数の有名な思弁がある遺稿集『』は有名である。 その他、、、などの発見で知られる。 ポール・ロワヤル学派に属し、を代表する著作家の一人でもある。 かつてフランスで発行されていた500紙幣に肖像が使用されていた。 「パスカリーヌ」 パスカルが少年の時に、教育熱心な父親は一家を引き連れパリに移住する。 パスカルは学校ではなく、家庭で英才教育を受けた。 父親はやアマチュア科学をたしなんでおり、その知識をパスカルに授けた。 しかも、自宅には当時の一流のや科学者が頻繁に出入りし、自宅は一種の「サロン」や「サークル」の状態になっており、彼はそうした大人たちの集いにも顔を出し、様々な知識を吸収することも出来、大人たちと討論したり思索を深めたりすることで、その才能が本格的に開花した。 、16歳の時に、『円錐曲線試論』を発表。 17歳の時には、の構想・設計・製作に着手し、それを見事に2年後に完成させた。 これによって、父親の徴税官の(計算の)仕事を楽にしようとしたのだ、とも言われている。 またこの計算機の設計・製作に過度に没頭したことが、パスカルの肉体を傷め、病弱となり、寿命を縮める原因のひとつとなった、とも言われている。 その他の数学、自然哲学の業績 [ ]• 「」の創始 (賭け・賭博についての考察より)• の求積問題• 「」(流体の平衡についての理論)の提唱(、におけるの単位、に名を残している) 等々。 神学者、キリスト教弁証家として活動 [ ] 、パスカル一家はの弟子らと出会い、信仰に目覚め、に近づいてゆく。 、父が死去。 妹ジャクリーヌがに入る。 パスカルは一時期、に出入りするようになり、人間についての考察に興味を示す。 、再度、信仰について意識を向け始め、ポール・ロワヤル修道院に近い立場からものを論ずるようになる。 - 、『プロヴァンシアル』の発表。 神の「」について弁護する論を展開しつつ、の(たるんでしまっていた)道徳観を非難したため、広く議論が巻き起こった。 また、を擁護する書物(護教書)の執筆に着手。 そのために、書物の内容についてのノートや、様々な思索のメモ書きを多数記した。 だが、そのころには、体調を崩しており、その書物を自力で完成させることができなかった。 ノート、メモ類は、パスカルの死後整理され、『 』として出版されることになり、そこに残された深い思索の痕跡が、後々まで人々の思想に大きな影響を与え続けることになった。 のについて確率論を応用しながら的にを行った「」など、現代においてもよく知られているパスカル思想の多くが記述されている。 『パスカルの賭け』において、パスカルは、多くの哲学者や神学者が行ったようなを行ったわけではない。 パスカルは、そもそも異なる秩序に属するものであることから神の存在は哲学的に(論理学的に)証明できる次元のものではないと考え、同時代のルネ・デカルトが行った証明などを含め哲学的な神の存在証明の方法論を否定していた。 パスカルは、確率論を応用した懸けの論理において、神の存在は証明できなくとも神を信仰することが神を信仰しないことより優位であるということを示したのである。 で実際に創業した。 これまで、馬車と言えば、富裕な貴族が個人的に所有する形態しか存在しておらず(今日のにあたるは、に登場、ほどなく、パリにも登場している)、パスカルの実現したこのシステムは今日のに当るものである。 最晩年 [ ] パスカル自身は乗合馬車の創業6ヶ月後に、体調がいよいよ悪化し、死去。 39年の生涯を閉じた。 死後、パスカルが病床で着ていた着物(肌着)の襟の中に、短い文書が縫い込められ、隠されているのが発見された。 そこに書かれていたのは、彼自身が以前に体験した、回心と呼ばれる宗教的な出来事だった。 哲学 [ ] 流の哲学については、に関係する特定の分野でのそれなりの成果は認めつつも、神の愛の大きな秩序の元では、デカルト流の理性の秩序が空しいものであることを指摘した。 また、「 哲学をばかにすることこそ、真に哲学することである」とする有名な記述も残している。 それはパンセの断章番号4の部分である。 それは以下に引用する。 幾何学。 真の雄弁は、雄弁をばかにし、真の道徳は、道徳をばかにする。 言いかえれば、規則などない判断の道徳は、精神の道徳をばかにする。 なぜなら、学問が精神に属しているように、判断こそ、それが直感に属しているからである。 繊細は判断の分け前であり、幾何学は精神の分け前である。 哲学をばかにすることこそ、真に哲学することである。 — パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳、中公文庫、1973年、11頁。 パスカルが懐疑論を重要視しているという後述の「懐疑論・確率論」の節の内容と関連することであるが、上述のようなパスカルの態度は、後に登場する哲学者以後の哲学史においての流れにある「」を基調とするいわゆる「反哲学の哲学」に共鳴し、またはそれに先駆的であると言われることがある。 また、ニーチェ自身の思索においても、パスカル思想への関心は強く、パスカルからの影響が見られる。 考える葦 [ ] 有名な「 人間は考える葦である」とは、はの中では矮小な生き物にすぎないが、考えることによってを超える、というパスカルの哲学者としての宣言を表している。 それは人間に無限の可能性を認めると同時に、一方では無限の中の消えゆく小粒子である人間の有限性をも受け入れている。 パスカルが人間をひとくきの葦に例えて記述した文章は、哲学的な倫理、道徳について示した次の二つの断章である。 そこでは、時間や空間における人間《》の劣勢に対し、思惟(そして精神)における人間《》の優勢が強調されている。 人間はひとくきの葦にすぎない。 自然のなかで最も弱いものである。 だが、それは考える葦である。 彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。 蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。 だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものより尊いだろう。 なぜなら、彼は自分が死ねることと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。 宇宙は何も知らない。 だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。 われわれはそこから立ち上がらなければならないのであって、われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。 だから、よく考えることを努めよう。 ここに道徳の原理がある。 — パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳、中公文庫、1973年、225頁。 考える葦。 私が私の尊厳を求めなければならないのは、空間からではなく、私の考えの規整からである。 私は多くの土地を所有したところで、優ることにならないだろう。 空間によっては、宇宙は私をつつみ、一つの点のようにのみこむ。 考えることによって、私が宇宙をつつむ。 — パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳、中公文庫、1973年、226頁。 秩序の三段階 [ ] 先述した「考える葦」は物体に対する精神の偉大さを説いたものであり、その上、パスカルはそれよりもさらに小さな愛のほうが偉大であると説く。 いわゆる・・という秩序の三段階であり、これは最も著名なパスカル思想の側面である。 『パンセ』には、例えば次のような文章がある。 あらゆる物体、すなわち大空、星、大地、その王国などは、精神の最も小さいものにもおよばない。 なぜなら、精神はそれらのすべてと自身とをするが、物体は何も認識しないからである。 あらゆる物体の総和も、あらゆる精神の総和も、またそれらのすべての業績も、愛の最も小さい動作にもおよばない。 これは無限に高い秩序に属するものである。 あらゆる物体の総和からも、小さな思考を発生させることはできない。 それは不可能であり、ほかの秩序に属するものである。 あらゆる物体と精神とから、人は真の愛の一動作をも引き出すことはできない。 それは不可能であり、ほかの超自然的な秩序に属するものである。 — パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳、中公文庫、1973年、526頁~527頁。 懐疑論、確率論 [ ] 『パンセ』においては、主にやを重要視した思索、人間考察が目立つ。 また、「懐疑論は宗教に役立つ 」としている特徴もある。 確率論について言えば、「」などを含むいくつかの神学的な思弁において「 懸けの必要性 」を重要視していることは特筆すべき点である。 また、懐疑論においては、その他、確実性や不確実性についての論理的な思弁がいくつも見られる。 パスカルの懐疑論がどのようなものであったかについては、パスカルの論理における懐疑論の意味を示している文章からさしあたり以下の四つを参照する。 懐疑論。 この世では、一つ一つのものが、部分的に真であり、部分的に偽である。 本質的真理はそうではない。 それは全く純粋で、全く真である。 この混合は真理を破壊し、絶滅する。 何ものも純粋に真ではない。 したがって、何ものも純粋な真理の意味においては、真ではない。 人は殺人が悪いということは真であると言うだろう。 それはそうである。 なぜなら、われわれは悪と偽とはよく知っているからである。 だが、人は何が善いものであると言うだろう。 貞潔だろうか。 私は、いなと言う。 なぜなら、世が終わってしまうだろうからである。 結婚だろうか。 禁欲のほうが優っている。 殺さないことだろうか。 なぜなら、無秩序は恐るべきものとなり、悪人はすべての善人を殺してしまうだろうからである。 殺すことだろうか。 なぜなら、それは自然を破壊するからである。 われわれは、真も善も部分的に、そして悪と偽と混じったものとしてしか持っていないのである。 — パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳、中公文庫、1973年、242~243頁。 懐疑論反駁 〔これらのものを定義しようとすれば、どうしてもかえって不明瞭になってしまうというのは奇妙なことである。 われわれは、これらのものについて、いつも話している〕われわれは、皆がこれらのものを、同じように考えているものであると仮定している。 しかしわれわれは、何の根拠もなしにそう仮定しているのである。 なぜなら、われわれは、その証拠を何も持っていないからである。 なるほど私は、これらのことばが同じ機会に適用され、二人の人間が一つの物体が位置を変えるのを見るたびに、この同じ対象の観察を二人とも「それが動いた」と言って、同じことばで表現するということをよく知っている。 そして、この適用の一致から、人は観念の一致に対する強力な推定を引き出す。 しかし、これは肯定に賭けるだけのことは十分あるとはいえ、究極的な確信により絶対的に確信させるものではない。 なぜなら、異なった仮定から、しばしば同じ結果を引き出すということをわれわれは知っているからである。 これは、われわれにこれらのものを確認させる自然的な光を全く消し去ってしまうというわけではないが、すくなくとも問題を混乱させるには十分である。 の徒なら賭けたであろう。 だが、これは自然的な光を曇らせて独断論者たちを困惑させ、懐疑論の徒党に栄光を帰させてしまう。 その徒党は、この曖昧な曖昧さと、ある種の疑わしい暗さとのうちに、存するのである。 そこでは、われわれの疑いもすべての光を除くことができず、われわれの自然的な光もすべての暗黒を追いはらうことができない。 — パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳、中公文庫、1973年、246頁。 懐疑論者、、たちなどのすべての原理は真である。 だが彼らの結論は誤っている。 なぜなら、反対の原理もまた真であるからである。 — パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳、中公文庫、1973年、247頁。 パスカルは、自身がとしての側面を持っているからということもあるが、個別の事物事象、個別的な事例への観察から的な思弁を行う哲学者であり、その結果、「」などを含めて的な思索を残した。 そして、完全に明晰な真理とされるものをも懐疑し続けた。 これは、同時代(17世紀)の思想を代表する合理主義哲学者が、「 明晰判断」を重視する的なによって普遍的な概念を確立しようとしていたことと比較して対極的である。 「」については、そちらの頁を参照されたい。 著書 [ ]• 『』Essai pour les coniques、。 『プロヴァンシアル』Les Provinciales、1656 - 1657年。 がから批判されたとき、匿名でジャンセニスムを擁護した。 Histoire de la roulette、1658年。 パスカルが生前に構想していた書物のための原稿やメモ書きの断片が、死後に整理されて出版されたものである。 様々なテーマについての文章が含まれており、フランスでは、哲学書(、、世界論、、、、人生論)、文学、信仰のための書・神学書などとして読まれてきている。 印象的で含蓄のある表現も多数含まれており、それらは現在でもしばしば引用句として使われ続けている。 また、『パンセ』のなかに含まれている章節の一つである「」は、哲学書としては、世界初の的書物でもある。 主な日本語訳 [ ]• 『』、・共訳。 、改版2018年• 別版『パンセ』、同上、(全2巻)• 別版『パンセ』(白水社)、由木康による単独訳、多数重版• 『パンセ』、訳・注解、(全3巻)、2015-2016年 - 詳細な訳注• 『パスカル 数学論文集』 訳、、2014年• 『パスカル 科学論文集』 訳、岩波文庫 - 人文書院版に改訳を収録• 『メナール版 パスカル全集』 ・塩川徹也ほか訳、、1993-1994年• 『生涯の軌跡 1・2』のみ刊行(全4巻予定)• 『パスカル全集』全3巻、松浪信三郎ほか訳、• 『パスカル著作集』全7巻・別巻2、ほか訳、 - 別巻は研究論集と伝記• 『パンセ』 教文館キリスト教古典叢書、田辺保訳、新版2013年 脚注 [ ]• 『パスカルとその妹』(、1963年)7ページ• 例えば、イデー選書版の邦訳『パンセ』(由木康訳)に載せられている解説において、その旨が書かれている。 ニーチェは時代を問わず様々な哲学者を引用して検証するが、中でもパスカルからの引用は数が多く、パスカルの文言が多用されている。 そのことは、の『暇と退屈の倫理学』(、2011年)などにおいて言及されている。 パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳、中公文庫、1973年、246頁。 パスカル、『パンセ』、前田陽一、由木康訳、中公文庫、1973年、184~241頁。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 ウィキクォートに に関する引用句集があります。 外部リンク [ ]•

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「人間は考える葦である」の続き。パスカルの名言・格言|Time Hacker

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…それは自己自身を考えることから心をそらしてくれるところの幸福である。 パスカル 「パンセ」 いちばん小さい物を軽蔑し、いちぼん大きい事物を信じない人間から何がえられようか。 パスカル 「パンセ」 おなたは君公であられるから、あなたの価値を私が高く評価することは必要ではございません。 必要なことは、私があなたに敬礼することです。 パスカル 「小品集-貴族の自分について」 お前は主人から可愛がられ、おだてられたからといって、それだけ奴隷でなくなると思うのか? 奴隷よ、お前は実におめでたい。 お前の主人はお前をおだてているが、いまにお前を打つであろう。 パスカル 「パンセ」 ひとつの事柄についてすべてを知るよりも、すべての事柄についてなんらかのことを知るほうが、ずっとよい。 パスカル 「パンセ」 われわれはつねに現在にいたためしがない。 来るのがとても待ちどおしくて、その歩みを早めさせようとするかのように未来を待ちこがれているか、あるいは、あまりすみやかに過ぎ去るので、その歩みを引きとめておこうとするかのように、過去を呼び返している。 パスカル 「パンセ」 われわれは現在についてほとんど考えない。 たまに考えることがあっても、それはただ未来を処理するために、そこから光をえようとするにすぎない。 現在はけっしてわれわれの目的ではない。 過去と現在はわれわれの手段であり、未来のみが目的である。 パスカル 「パンセ」 われわれは理性によってのみではなく、心によって真実を知る。 パスカル 「パンセ」 カなき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。 力なき正義は反抗を受ける。 なぜならは、つねに悪人は絶えないから正義なき力は弾劾される。 それゆえ正義と力を結合せねばならない。 パスカル 「パンセ」 キリスト教の信仰は二つの真理、すなわち人間の自然性の堕落と、イエス・キリストの贖いとを両立させるところにある。 パスカル 「パンセ」 クレオパトラの鼻、それがもう少し低かったら、大地の全表面は変わっていたであろう。 パスカル 「パンセ」 世論はいわば世界の女王であるが、力は世界の暴君である。 パスカル 「パンセ」 人々は互いにへつらうことばかりをやっている。 …人間同士の結びつきは、かかる相互の欺瞞のうえに築かれる。 パスカル 「パンセ」 人々は宗教を軽蔑している。 彼らは宗教を嫌悪し、宗教が真実であるのを怖れている。 これを矯正するには、まず宗教が理性に反するものでないことを示してやらねばならない。 パスカル 「パンセ」 人の性質は、いつまでも前のほうにのみ進めない。 ひき汐あり、さし汐がある。 パスカル 「パンセ」 人は多くの場合、他人と異なるのみならず、また、いろいろなときにおける自分自身と異なることが多い。 パスカル 「小品集-幾何学の精神について」 人は恋愛を語ることによって恋愛するようになる。 パスカル 「愛の情念に関する論」 人間には二種類しかない。 一つは、自己を罪人だと思っている義人であり、他の一つは、自己を義人だと思っている罪人である。 パスカル 「パンセ」 人間は、神と悪魔との間に浮遊する。 パスカル 「パンセ」 人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間をすべて満たすことによって、それを示すものである。

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力なき正義は無効であり、正義なき力は暴圧である/パスカル/名言Z2087

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もくじ• Blaise Pascal(ブレーズパスカル)のプロフィール パスカルは、30代でこの世を去るほどの短命でしたが、神童と呼ばれて数々なエピソードを残している事でも知られています。 「人間は考える葦である」をはじめ、様々な言葉を残しただけでなく、パスカルの賭け、パスカルの三角形、パスカルの原理、パスカルの定理など、様々な発見をした事でも知られます。 遺稿集として「パンセ」がありますが、まとめあげる前にこの世を去り、死後出版されています。 パスカルの「人間は考える葦である」の意味 パスカルは、パンセの中で、「人間は考える葦である」という言葉を残しました。 英語では、 フランス語では、 これらの言葉を日本語訳にしたものですが、意味としては 「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。 しかしそれは考える葦である」 という事なのです。 要するに、人間という存在はあらゆるものより「弱き存在」ではあるものの、しかし、あらゆる存在よりも「考える」という能力に優れているため、工夫次第で可能性は無限大だと言っているのです。 なお、日本大百科全書の解説によると、考える葦は、• 偉大と悲惨• 無限と無 相矛盾しあう二律背反のなかで、揺れ動く人間の存在を表現したもので、人間の真理を見事に表現したものですね。 宇宙が人間を押し潰しても、人間は宇宙より尊い この「葦」について、パスカルは、 「宇宙に比べると、人間は非常に弱いもの」 と続け、その上で 「宇宙が人間を押し潰しても、人間は宇宙より尊い」 としたのは、宇宙には「考える力がない」のに対し、人は「考える事が出来る」という事自体が、尊いという事を表しています。 このように、二律背反する考えを組み合わせていく事で、物事の真理を捉えていくのは、パスカルの特徴とも言えます。 パスカルの名言や格言 「パンセ」に残された名言や格言を、ここではいくつか抜粋して紹介していきます。 パスカルの名言その1 愛について 我々が本当に愛するのは、人間そのものではなくて、人間のもっている特性ということになるのである 英語 What we really love is not the human beings themselves, but the characteristics they have. パスカルの恋愛観、とても興味深いですが、人の特性を愛するという事は、個性を愛するという事だと思いました。 外見も大切ですが、内面も含めて愛しましょう。 パスカルの名言その2 好奇心について 好奇心というものは、実は虚栄心にすぎない。 たいていの場合、何かを知ろうとする人は、ただそれについて他人に語りたいからだ。 英語 Curiosity is really nothing but vanity. Most of the time someone who wants to know something just wants to tell others about it. 虚栄心とは、「見栄を張る気持ち」の事ですが、好奇心で知り得た事を喋ってしまうのは、雑学を披露するのと同じで、本人のためになっていないのかもしれません。 しかし、たとえ雑学でも、誰かの知らない事を知らせてあげる、他人のために役立つ情報なのであれば、好奇心も役立つのでは無いでしょうか。 パスカルの名言その3 時の流れについて 時は悲しみと口論の傷を癒す。 人はみな変わる。 過去の自分はもはや現在の自分ではない。 悩む者も悩ます者も、時がたてば別人になる。 英語 Time heals the sorrow and quarrel wounds. Everyone changes. The past self is no longer the present self. People who are worried and worried will become different people over time. Tout le monde change. 今、憎しみあっていても、時間が過ぎれば、忘れる事も出来ます。 今の立場は、未来永劫約束されたものでなく、今自分が悩む方の立場だったとしても、場合によっては悩ます方になる事もありますし、時の流れを上手く味方に付けましょう。 パスカルの名言その4 職業について 生涯において最も大切なことは職業の選択である。 しかし、偶然によってそれは決まる。 英語 The most important thing in life is the choice of occupation. However, it happens by chance. フランス語 La chose la plus importante dans la vie est le choix de la profession. Cependant, cela arrive par hasard. 今選んでいる選択の全ては「偶然」なのでしょうか、自分が必然的に選んだと思った事も、実は全て偶然の産物なのであれば、職業を選んだのも自分自身ではなく、その時たまたまだったのでしょうか・・ パスカルの言葉が深すぎて理解が出来ません・・汗 パスカルの名言その5 理解について 人間はつねに、自分に理解できない事柄は何でも否定したがるものである。 人は考える事が出来る故に、逆に考えすぎて理解できない事は、すべて否定した方が早いと結論づけてしまうのかもしれませんが、実は理解出来ない事にこそ探究心を持ち、深く考察するのも良いのでは無いでしょうか。 パスカルの名言その6 想像力について 想像力は何でもやってのける。 それは美と正義と幸福をつくるが、これこそ、この世におけるすべてなのだ。 英語 Imagination can pull off anything. It creates beauty, justice and happiness, but this is all in the world. 我々の想像力は、この世に全てのあらゆるものを創造する事が出来る力があるという事を表した、パスカルの名言です。 パスカルの名言その7 神と悪魔について 人間は神と悪魔の間に浮遊する。 英語 Humans float between God and the devil. フランス語 Les humains flottent entre Dieu et le diable. 人は、神にもなれれば、悪魔にもなれる、両面を持つ存在です。 人間の二面性を見事に表したパスカルの名言です。 パスカルの名言その8 恋愛について 人は恋愛を語ることによって恋愛するようになる。 英語 People come to love by talking about love. パスカルは、恋愛するのに年齢は関係ない、恋愛する事を語った人こそ、いつでも恋愛が出来ると考えていて、その事を表した名言です。 パスカルの名言その9 哲学について 真の雄弁は雄弁を軽蔑し、真の道徳は道徳を軽蔑する。 哲学を軽蔑することこそ、真に哲学することである。 英語 True eloquence despises eloquence and true morality despises morality. To despise philosophy is to truly philosophize. パスカルらしい二律背反を表現した名言です、とても奥深い言葉でどう理解すれば良いのか?難しいですが、人を軽蔑するのでなく、人を信用するのでなく、あくまで真理を見ようとするパスカルらしさを感じる名言です。 パスカルの名言その10 正義について 力なき正義は無力であり、正義なき力は圧制である。 英語 Justice without power is helpless, and power without justice is oppression. パスカルの「考える葦」の名言と並んで有名な言葉ですが、結局のところ、力がなければ正義は正当化されません。 大人気コミックのワンピースの海軍が「絶対的正義の名の下に」も、パスカルの名言から着想を得たのかと思うほどです。 パスカルの名言その11 考える事について 人間は考えるために生まれている。 ゆえに人間は、ひとときも考えないではいられない。 英語 Man is born to think. Therefore, human beings cannot help thinking even once. 人間は考える事が出来る唯一の生き物です、そのため日々様々な事を考えるのですが、逆に何も考えずに要られることは無いという事を意味しているのです。 パスカルの名言その12 人間とはについて 人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 自分自身においても、また他人に対しても。 英語 Human beings are nothing but camouflage, falsehood, and hypocrisy. For yourself and for others. Pour vous et pour les autres. 人は自分にも、他人にも嘘をつく生き物です、人間自身がその事を分かっているかの方が重要です。 パスカルの名言その13 他人について 人からよく思われたいのなら、自分のことをほめるな。 フランス語 Si vous voulez que les gens vous pensent bien, ne vous louez pas. 常に自分自身におごりを持つ事なく、自分のために謙虚な姿勢で居続ける事を求めています。 パスカルの名言その14 多数派について 何ゆえに人は多数に従うか。 彼らがいっそう多くの道理を持っているからか。 否いっそう多くの力を持っているからである。 英語 Why do people obey many? Because they have more reason? Because he has much more power. 多人数に従う事は、多くの力が集まっているからであって、大多数の意見が集まっても、必ずしも物事が正しいという事ではないという事をパスカルは教えてくれる名言です。 哲学者 デカルトの名言や格言を集めました 2011年3月の東北大震災、2011年10月の母の余命宣告10ヶ月をきっかけに人生観が180度転換、サラリーマンとして死んだように生きるのではなく、 「自由な時間と経済を手に入れて、大人にも子供にも憧れられる存在、独立自尊人になる」 事を目標に起業しました。 NLP(神経言語プログラミング)や東証一部上場企業に10年勤務し培った人財マネジメントに関するコーチングやマインドフルネス導入によるメンタルトレーニングといたった人財育成コンサルティング アフィリエイトで培ったマーケティング力を活かしたWEBプロモーション事業を活かしたWEB導入コンサルティング で世の中のお役に立てるよう、日々ビジネスマインド大学で情報発信をしてまいります。

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