下村 早苗。 猛暑のゴミ部屋で愛児を餓死させた“ホスト遊び母の素性”

macdonald.360heros.com(朝日新聞社):「母だから強くないと」 離婚で生活暗転 大阪2児遺棄

下村 早苗

今回決定した暴露するネタは 11月4日金曜日放送になった 金曜日プレミアムで事件の1人 として紹介された、当時 家族の一員だった、子供の 命を食事を与えない方法で奪った 犯人の 下村早苗 被告 の追跡について! 大阪2児餓死事件の全貌が恐怖! もう事件や事故と 国内だけでなく世界各地で 毎日発生するだけに 聞いてしまうだけで、 周辺で起きたくらい 人間とはおびえる 生き物なのでしょうか? 今回の舞台は、 2010年になるので 16年から見ると、6年前に さかのぼる事になりますね! 曜日は 7月30日未明で 時間帯は深夜の未明なので とても、誰もが出ない時間であり 恐怖な時でもあったのか。 場所は 大阪府西区と呼ぶ 地区でありました。 この犯人は、既に公開されている 通りですが、下村早苗 被告 です。 でも、実際の今の名前は収監されて ここの施設で、まさかの 苗字を変えて、その名も [ 中村佳苗]になっていたそうですよ。 いよいよ、その流れを 暴露しましょうか! まず、3月30日の約4ヶ月前から 既に、虐待をしているような 物音や子供の桜子ちゃん 3 と 楓ちゃん 1 の鳴き声が 普通ではないくらい聞こえた事で 虐待相談センターへ ある住民が通報します。 しかし、ここから 4月2日まで一切の応答にも 職員は反応せず 出ることもありませんでした! さらには3日後には 家の主や家族構成を確認したく 管理会社へ相談するが これも断られることに。 その後も5月8日~18日まで 通報して職員が訪問を 繰り返すが、一度も主の反応がない。 すると、ここから約1ヶ月後の 6月中旬頃にようやく 事態が動きだした。 それは、ある日に下村早苗が 2人の桜子ちゃんと楓ちゃんだけを 残し、家出というか ここかから数週間を食事や 家事を手伝わず、放置状態にしたのだ! ていうか ここで、まだ暮らしていたんだ。 すると、数週間後に 再び家を訪れると 何も食べられず、 餓死状態の 2人が無残な姿で見つかる。 すると、やばいのが なんと3回目の家出を7月29日に 確認後に実行して しかも、また家出をしたのです。 そして遂に事件発生日の 30日が訪れてしまいます。 直後に、遺体は見つからず 隠されていたようで この疑惑をすぐに、110番で 警察署へ通報すると 駆けつけた警官が、無事に 無残となった幼い2人の遺体を 発見されたのでした。 もう発生から、約1ヶ月が 丁度経ったことで 遺体の損傷が激しく 子供という体もあり 腐敗と白骨化として放置されていた。 警察側の調べによれば 2人の正体は正式に 桜子ちゃんと楓ちゃんと断定され 当時は長女が3歳で次女が1歳という まだ生まれたばかりだった。 これは非常に可哀想で 普通に暮らす人間から見たら 非常にショックであっただろうね。 また、黒か白かについては 「ご飯や水を一切与えなければ 生きる事は不可能」と知っていたそうだ。 ん~~どうやら 下村容疑者は、当時 仕事が大変で、まだ年齢も 主婦の様な経験が浅く、さらに 2人の子供にお金の負担がのしかかった ことにより、体調も精神面も 限界で、勉強不足も 加わっていたのだろうか。 ここでは、旦那が登場していないので 離婚で、さらに 今後の生活が限界と感じて 自分の命よりも 我が子の2人の命を先に 無駄に殺したのが本音なのか? この下村被告の偏差値の 能力の低さより、勉強などでもなく 常識が無さすぎと感じませんか…..? スポンサーリンク 現在は控訴審判決で懲役30年!? もうこれは確定済でもありました。 それによれば、あの事件発生から 約2年後の3月7日に まず、裁判員裁判という 選出された一般人が 判決結果に加わる、裁判が 大阪地裁で被告人質問のみが 開かれました。 ここでは父親の 元ラグビー界のスターでもある 下村大介氏が証拠人で 幼少期の5歳位の時の 性格などを発言された。 そこから、9日後の 16日に被告として、 裁判員裁判の判決がこの日に 大阪地裁で開かれると 当時の担当の裁判長だった 西田真基さんが、過去の供述で 命を奪う計画的な犯行だったとして これを 殺意 と述べると 1審で「懲役30」の 求刑無期懲役 が 確定したのだった! しかし、一部では ここの最後には、意見を述べる 最終で号泣で「 もう一度2人を抱きしめ これからも2人の母親でいます」と 罪を背負って生きる事を 伝えて、「 控訴」を求めました。 しかし、2審でも 12月5日に開かれたが 裁判長からの撤回は 認められず、13年3月25日に 遂に、ここから 懲役30年が確定したのだ! これが全ての、始まりから 終わりの物語となったのだ。 これは大人の知識と行動として 当たり前ですよ! 多分、他の子供が見たら笑われるのでは? つまり、当時の犯行の年が2010年で 年齢が23歳で 記録に残っていたので 2016年の年齢は 29歳となりますね! 最終的に、卒業できるのは 16年から見たら、 55歳という 更年期をとっくに過ぎた 中年女性の年齢となりますね! 元夫は 羽根直樹って本当なのか? まだ、この情報は 詳しくないが、どうやら 一般のサイトからは そのように噂されていますね。 実は、ネットでは ワードでは、羽根直樹さんが 本当の元恋人だとされているが もう一人、噂となっているのが 羽木直樹さんという男性でした! でも、もしかすると よく見ると、苗字の2番目が 注目の名は 根 でもう一人は 木 と 表示されていますね。 もしかすると、打ち間違えの 可能性があるので 羽根さんが本当の可能性も! 2人は、今から10年前の 10年になりが、 2006年に 結婚を発表された履歴があるそうです。 1年後に、長女の桜子ちゃんと 2年後に、次女の楓ちゃんが誕生します。 実は、この時は 旦那がまだ大学生だったので 就職をされていないため 家事は妻の下村被告がバイトなどで 働いて生計立てたんだとか。 しかし、卒業後にエリート という学歴も噂されており 愛知県の大手自動車部品メーカーの 「デンソー株式会社」へ契約社員で 入社をしたそうです! その研修期間を終了と同時に どうしても続けたくて、 正社員の試験を受けて、無事に 入社が決定して、ここで働いていました。 ちなみに、今現在は 新たな内容が更新されていないので 不明です。 しかし、3年後の2009年に まさかの不倫が、元同級の 中学時代の男性と交際を 密かに始めた事で、家事や 家計の管理を放置した事で 借金となり、その後 2人で、正式に離婚を 発表された流れでしたよ! もしかすれば、夫がこれだけ 安定している、大手企業に 社員として働いていたなら 間違いなく、安定的な 生活が送れていた 事は間違いないですね。 だとすれば、その後事件は あの時に不倫で見つかった 下村被告で、ここで行動を 起こしていなければ、自業自得は 起きず、幸せな生活を送り 今は、かなり幸せに 2人の子供さんも成長していた事は 間違いなかったですがね! 感想&まとめ あ~今回の事件の流れを 戻って調べると、どうやら 元夫との夫婦生活に、何らかの 事態が一致しなかったことで 離婚からの、育児崩壊で 事件に発展したという事実が 判明していますね。 ん~、一度の下村被告の 疑惑が見つかっただけで エリートの夫が離婚するとは 中々、育児や生活には 厳しくしっかりしている気もあるが 逆に1度だけなら、まだ許しても 注意で良いのではないですかね! それよりも、今後の 刑務所生活が26年間って 精神面に弱い、下村被告には きつすぎる刑ですが 今、どんな生活を送っているか 一番、ココがきになり また、まだ先ですが卒業したなら どんな姿になり目標にするのか すご~く気になりますね! 最後まで本当に閲覧お疲れ様でした! そして、いつも 当サイトをご利用ありがとうございます。 次回のネタもご期待して 今後もよろしくお願いします。

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下村(中村)早苗の生い立ちや現在は?大阪二児餓死事件の全貌を解説

下村 早苗

検察側が読みあげた供述調書には、幼児を部屋に置いたまま、複数の男性との性交渉や夜遊びを繰り返した下村早苗被告の姿が綴られていた。 3歳の桜子ちゃんと1歳9か月の楓くんはなぜ死ななくてはならなかったのか。 ノンフィクションライターの杉山春氏が現代の病理、ネグレクト(育児放棄)の闇を照らす。 * * * 子供が餓死に向かう時、母親は、男性と過ごし、お洒落をして大阪や地元の三重県四日市で遊び回る様子をSNSで報告していた。 だが公判によれば、相手の男性たちはそれ以上に数が多く、関係をもった時期も重なり、錯綜している。 早苗さんは明るく、感じのいい笑顔で男性たちと出会う。 相手の好意に寄り添い、するりと家に上がり住み込んでしまう。 次第に子どもを置いて家を留守にする時間が長くなっていく。 事件発覚直前の7月29日、異臭がするとの住民からの苦情で、3分間自宅マンションに戻り、変わり果てた子供たちの姿を見た。 早苗さんを探す店の上司に電話で「愛している、死にたい」と言いながら、別の男性の車で夜景を見に出掛けホテルでセックスをした。 早苗さんは、この時、誰に何のために電話をしたのか、何を話したのか、記憶にないと証言する。 公判2日目。 元夫、元義母は、それぞれ「無期懲役」「極刑」を望み、早苗さんに強い怒りを表現した。 だが出会ったときは、「一緒にいて楽しい」(元夫)「可愛らしい娘さん」(元義母)と思ったと証言する。 結婚していた時の早苗さんの家事、育児については「頑張ってよくやっていた」と言う。 母乳と布おむつでの子育てだ。 布おむつは強い思い入れがなければ使えない。 そこには痛々しいまでの完璧さを求めて、子育てをする早苗さんがいた。 だが、やがて早苗さんは生活費が足りないと、夫に隠れて消費者金融から借りてしまう。 夫に生活費が足りないとなぜ相談しなかったのかと検察に問われ、「いい奥さんでいたかったから」と答えた。

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下村早苗は父親と母親が原因で事件を起こした?現在は中村の性で服役中!

下村 早苗

3月30日 マンション住民から大阪市子ども相談センター虐待ホットラインに通報 3月31日 大阪市子ども相談センター職員が訪問、接触できず 4月1日 大阪市子ども相談センター職員が訪問、接触できず 4月2日 大阪市子ども相談センター職員が訪問、接触できず 4月5日 マンション管理会社に連絡するも住民の世帯構成など確認できず 5月8日 再び住民から大阪市子ども相談センターに通報 5月9日 大阪市子ども相談センター職員が再度訪問するも不在。 子供の泣き声聞こえず 5月18日 再び住民から大阪市子ども相談センターに通報。 午後に大阪市子ども相談センター職員が訪問するも不在。 物音など一切聞こえず 6月中旬 下村早苗、2人の子供を部屋に残し、家出 6月下旬 餓死したと見られる。 下村早苗、一度帰宅。 死んでいるのを見て家出 7月29日 下村早苗、再度帰宅。 腐敗しているのを見て再び家出 7月30日 下村早苗が勤務していた風俗店の同僚男性が部屋で2遺体を発見。 同日午後、下村早苗を逮捕 下村は1987年、高校教師の父と主婦の母親との間に三姉妹の長女として生まれた。 父親は不良のたまり場と呼ばれた高校で名門ラグビー部を育て上げた有名監督だった。 母親は父親の教え子の一人で、高校卒業後に結婚・出産するが、夜遊びや不倫を繰り返した。 両親の離婚後、下村ら三姉妹は父親に引き取られるが、父親やその再婚相手からはあまり手をかけられなかったらしい。 小学校では優等生だった彼女は、中学入学以降、非行グループとつるむようになる。 中学卒業後は父親の手引きで関東のとある私立高校に入学する。 そこでは父親の知り合いの教師の実家に下宿した。 当初は反発した彼女だったが、卒業の頃には落ち着き、家事や礼儀作法を身につけたという。 高校卒業後、下村は地元に戻り、割烹店に就職した。 そこで当時大学生だった男性と出会い、妊娠・結婚する。 結婚後、夫婦は夫の実家に同居し、二人の子供が生まれた。 当初、下村は夫の両親とも良好な関係を築いており、子供達は両親と祖父母に囲まれて大切に育てられた。 この時期、彼女はブログを開設し、子供への愛情や幸せな生活について書いている。 しかし、2008年に二人目の子供が生まれた直後、下村は人間関係に問題を抱えるようになった。 古い友達と連絡を取るようになり、子供を家に置いて朝帰りを繰り返した。 彼女の不倫はすぐに夫やその家族の知るところになり、夫婦は結局離婚することとなった。 子供達は下村が引き取った。 子連れの下村は実母を頼った。 しかし、その実母も精神的に不安定で、子育ての協力を期待出来る相手ではなかった。 下村は実母の元を離れ、寮付きの風俗店を転々とする生活が始まった。 元夫からの養育費などはなく、両親の援助も得られない。 当然のように、子供達は育児放棄状態になった。 彼女自身が行政に相談したこともあったし、近隣からの児童相談所への通報もあった。 しかし、結局親子を救う者はなかった。 捜査1課によると、亡くなったのは下村容疑者の長女の羽木(はぎ)桜子ちゃん(3)と、長男の羽木楓(かえで)ちゃん(1)。 下村容疑者は2人の遺体を部屋に放置した疑いが持たれている。 府警の調べに対し、下村容疑者は6月下旬ごろ、2人を残したままマンションを出たと供述し、「ご飯も水も与えなければ生きていくことはできないとわかっていた。 私自身が育児放棄したことによって殺してしまった」と話している。 遺体は腐敗や白骨化しており、一部ミイラ化していた。 司法解剖の結果、死因は不詳で、死後1~2カ月たっていた。 胃や腸に食料は残っておらず、府警は少なくとも数日間は何も食べておらず、餓死の可能性もあるとみている。 骨折や皮下出血など外傷はなかった。 遺体発見時、2人は部屋の中央付近に裸で仰向けに倒れ、布団などは敷かれていなかった。 府警に対する供述によると、下村容疑者は風俗店に勤め始めた今年1月ごろ、店が借りているこの部屋に住み始めた。 そのころから2人に食事を与えたり、風呂に入れたりするのが嫌になり、「子どもなんていなければいいのに」と思うようになった。 6月下旬ごろ、2人を残してマンションを出た後、友人宅を転々とした。 今月29日午後6時ごろいったん部屋に戻り、2人が亡くなっているのを見つけたが、そのまま部屋を出た。 下村は店関係者に「子供をほったらかしにしているので、死んでいるかもしれない」と話していた。 「育児を放棄して殺してしまった」と容疑を認めているという。 「ご飯をあげたり、風呂に入れたりすることが嫌になった。 子どもなんかいなければいいと思うようになった」「ご飯も水もあげなければ、小さな子どもは生きていけないことは分かっていた」と供述しているという。 子供2人は昨年5月に離婚した元夫との子。 下村容疑者が1人で育てていた。 30日未明に発見された遺体は腐敗が進み、司法解剖で死因は特定できなかったが、死後1~2カ月で栄養不足が疑われ、死亡前数日は食事を取っていなかったとみられるという。 遺体発見時、室内はごみが散乱し、冷蔵庫に食べ物は入っていなかった。 マンションの住民によると、この部屋やベランダからは、ごみが腐ったような異臭がし、1~2カ月前まで、中から赤ちゃんの叫び声のような泣き声がしていた。 同市のこども相談センターには、虐待を疑う通報が3月以降3度寄せられ、職員が5月18日までに5度訪問したが応答がなく、室内に入れなかったという。 下村早苗容疑者(23)が大阪府警の調べに、「ホストクラブで遊ぶのが楽しくて育児が面倒になった。 もっと遊びたくて家を出た」と供述していることがわかった。 府警は、ホストクラブ通いにはまったことが、ネグレクト(育児放棄)の直接動機になったとみて裏付けを進める。 下村容疑者は今年1月、大阪・ミナミの風俗店で働き始めた前後から周辺のホストクラブに通い始めた。 4月頃には、複数の店をはしごするなどし、長女 3)と長男(1)を部屋に残したまま、2~3日間、外泊することもあったという。 複数のホストと交際していたといい、6月下旬に2人を置き去りにして家を出て行った後は、友人宅などを転々とし、妹宅を訪ねたり、地元の三重県に戻ったりもしていた。 2人のことは「実家に預けた」と答えていたという。 一方、府警は31日、この部屋を現場検証するとともに捜索した。 室内の居住部分と玄関までの廊下を仕切るドアの縁に、粘着テープが張られた跡があり、府警は、下村容疑者が外出している間、ドアを固定して子供たちを室内に閉じ込めようとしていたとみている。 ベランダや室内には、スナック菓子やハンバーガーの袋、おむつが散乱していた。 子どもにファストフードやお菓子ばかり与えていたとみられる。 近くのピザチェーン店の男性店員によると、今年2月、下村容疑者宅にピザ1枚と5個入りのチキンナゲット二つ、オレンジジュース1本を2回、宅配したという。 しかし、間もなく、下村容疑者はお菓子すら与えなくなった。 「子どもなんかいなければいい」。 育児を面倒だと思う気持ちが強くなったのか。 最後は食料も水もない部屋に、2人を置き去りにした。 警察が遺体を発見する数時間前の今月29日夕、下村容疑者は約1カ月ぶりに部屋に戻った。 その時の様子を、府警に「子どもの体は茶色に変色して腐っていた」と淡々と話しているという。 母親は逮捕後、約5か月間の鑑定留置期間に精神鑑定を受け、刑事責任能力には問題無いとの結果が出たため、大阪地検に殺人罪で起訴された。 なお、死体遺棄容疑は不起訴処分となった。 検察側は、母親が最後に家を出た際「冷蔵庫に食事がなかった」「子ども2人の衰弱を目の当たりにしていた」などの点を挙げ、母親に殺意があったとして、無期懲役を求刑した。 弁護側は「被告も育児放棄を受けた影響があった」とし子供に対する殺意はなく保護責任者遺棄致死罪にとどまるとした。 母親は「子供のことを今でも愛している」と話した。 2012年3月16日、大阪地裁は母親は子供に対する「未必の殺意」があったと認定し、懲役30年の実刑判決を言い渡した。 2012年12月5日、大阪高裁も「生命が危険な状況で、放置すれば死亡すると認識できた」として一審判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。 裁判は最高裁まで争われ、2013年3月に懲役30年が確定した。 その後、事件のあったマンションでは毎月一度、住人交流会が行われている。

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