みっともない 由来。 意外に身近!?実は仏教用語だった言葉達・日常語と化した言葉編|仏像|趣味時間

意外に身近!?実は仏教用語だった言葉達・日常語と化した言葉編|仏像|趣味時間

みっともない 由来

【絶対】 意味としては「必ず」と同じような意味で使われたり、他の何者にも制限を受けることのないことを意味しますね。 仏教では「絶待」と書き「ぜつだい」と読みます。 意味は善と悪、美や醜といったあらゆる対比、観念を超越した立場、状態のこと。 【皮肉】 これは仏の道の表面を撫でただけで、真髄まで達していないという意味です。 禅宗の祖、達磨大使は弟子たちが何をどう悟ったのかを聞き出し、あまり深く悟っていなかった弟子たちに対し「お前は皮を手に入れたに過ぎない」「肉を手に入れたに過ぎない」と言ったとされます。 【退屈】 暇という意味でつかわれますが、本来の意味は修行に耐え切れずに逃げ出してしまうこと。 それほどに、悟りを目指す仏道の修行は厳しい物なのです。 【機嫌】 元の字は譏嫌。 「譏」は「そしる」、つまり悪口を言うという意味。 譏嫌の意味は「人が嫌がること」です。 現在では「機嫌いいねえ」など、「今の気持ち」として使われていますね。 字が変わったのは、「機」という文字に心の状態などの意味がある為です。 それを自分の心で探ることから、「機嫌」と書くようになりました。 【迷惑】 これも実は仏教用語。 迷い、惑うの文字通り、「仏道が分かりませんです」「俺ちゃんと理解しているのかなあ」という状態を表す言葉でした。 【うろうろ】 うろうろするという言葉、実は感じがありました。 それは有漏。 漏(ろ)は煩悩のことです。 つまり、有漏とは煩悩に悩まされた人物という意味です。 意味もなく歩き回る人や様子を「うろうろする」と表現するのは、煩悩に翻弄されている様の表現でしょうね。 【とにかく】 漢字では「兎に角」と書きます。 「いつの間にか」とか「その話はいったん置いといて」と言う意味で時に使いますね。 「とにかく、話を聞け」といった具合に。 しかし何故兎(ウサギ)と角?本来の意味は「あり得ない、もしくは間違った物の見方或いは執着などを「兎角」と呼んでいました。 「ウサギに角が生えて、亀の毛がフサフサになるようなもの」ということらしいです。 フサフサの亀は縁起良さそうですね。 この「縁起」も、仏教から生まれた言葉です。 しかし、意味は変わっていました。 【工夫】 問答という言葉があります。 これは禅宗から生まれた言葉で、師匠と弟子が仏道についてあれやこれやと議論することを言いますが、工夫は問答から更に先を言った段階です。 「師匠はああ仰ったが、つまりどういうことだ?ああかな?こうかな?」と座禅を組みながら考えること。 これが工夫の語源で、正確には工夫弁道(くふうべんどう)といいます。 【虚仮】 「コケにされた!」と相手を舐めきったり馬鹿にしたりする時に使いますね。 元々「虚仮」とは言っていることと心が一致しないこと、真実とは違うことを意味します。 虚仮脅しという言葉も、こちらから来ているようです。 お釈迦様絡みだった言葉 【出世】 「あなた、早く出世してくださいよ」「これで俺も出世街道をばく進だ!」と、社会的地位が上がる意味合いで使われる「出世」も仏教由来です。 お釈迦様が説法の為現世に現れること、または出家することを差します。 【縁起】 「縁起が良い」とか普通に使うこの言葉、実は略語です。 正式名称は因縁生起(いんねんしょうき)。 「この世の物は、全て原因があり、縁があって色々なことが起こるのだよ。 皆、何かしらの縁で繋がっているの」というお釈迦様のありがたいお言葉なのです。 【方便】 サンスクリット名はウパーヤ。 目的、つまり悟りに至るまでの方法、道が元の意味です。 お釈迦様は色々な弟子などに色々な方法、つまり方便を使って諭したわけですね。 本来の方便は『法華経』の中にある『法華七喩』に記されています。 色々な方法を使っていたのが、いつからか嘘をついてでも!との意味になってしまいました。 【大丈夫】 丈夫というのは健康もしくはちょっとやそっとじゃ壊れない者や状態を示しますが、「美丈夫」というように、成人男性などを指すこともあります。 そんな丈夫、実は仏教用語でした。 それ即ち、仏の称号の一つであり、いわば菩薩の別名「調御丈夫」。 更に「大」をつけた「大丈夫」も仏教用語。 意味は同じですので、混乱しなくても大丈夫です。 【無頓着】 「気にしない」が現在の大体の意味。 仏教には三毒という言葉があります。 悟りの妨げ、害となる心の動きです。 そのうちの一つが貪(とん)。 またの名を頓着。 無頓着とは元々、何の欲も持たないという意味でした。 欲がないから気にもならない、ということでしょうか。 【世間】 「いいか、社会人新入生。 世間という物はだなあ!」と現代では人間の世界に限って使われる世間も仏教由来でした。 人間だけでなく、あらゆる生物による生きる営み、生の移り変わりを意味します。 全ての生き物の世間(衆生世間)、その住処も世間(国土世間)、精神や肉体の世間(五陰世間)と、三つの世間が存在。 出世剣という言葉もありますが、こちらは生滅の変化を越えた悟りの域を指します。 スケール感はすぼまりましたが、人間の世界という意味ではちゃんと残っているでしょう。 【面目】 禅宗の言葉で、真理、真髄を表します。 現在では「面目が立たない」と言ったように、世間体を気にするような意味合いで使われますが、面、つまり顔と目を重要な器官として認識。 仏教の心理もまた同じように重要であり、尊いとの考えのようです。 【成仏】 「迷わず成仏して!」と、極楽往生やあの世へ行くイメージのあるこの言葉。 仏教では文字通り仏と成る意味を持ちます。 「仏さんになる」との言葉自体、主に刑事ドラマなどの影響で死を連想しますが、本来の意味は悟りを開くことです。 【玄関】 建物の出入り口ですね。 「そんな大仰なものだったの!?」そうです。 元はサンスクリット語のジャーナを訳した言葉。 意味は禅です。 座禅を組む、あの禅ですね。 禅那(ぜんな)という当て字がありましたが、意味と照らし合わせて「玄」の字を使うようになりました。 禅の目的は、心を静かに落ち着かせ、あらゆる迷い、煩悩から解き放たれて真理を悟ること。 「関」は関所を意味します。 つまるところ、「悟る為に通る関所」でした。 当初は禅寺にしかなかったようですが、「何かいい感じ」と皆玄関を付けるようになり、今に至ります。 まとめ 【浄瑠璃】 人形浄瑠璃などで知られる、三味線の音色に乗せて物語を語る日本伝統芸能の一つ。 現代で言えばある意味でラップのようなものです。 仏教では、東方にある薬師如来の土地、浄瑠璃浄土を示します。 何故そんな尊い場所が芸能の一つになったのか?元は『浄瑠璃物語』という作品のタイトルで、それを三味線等で語ったのが、現在伝わる浄瑠璃とされています。 内容は、浄瑠璃姫と牛若丸が仏門についての問答をするという、ちょっと変わったラブストーリーのようです。 この浄瑠璃姫の正体は薬師如来。 この物語が大ヒットした為、三味線のリズムで語る芸能を浄瑠璃と呼ぶようになりました。 【般若】 「鬼のお面がどうしたって?」そちらではありません。 元々般若とは智慧を意味し、大乗仏教に置ける菩薩の修行(六波羅蜜)の最終段階ともされています。 サンスクリット語ではプラジュニャーですが、初期仏典を記したパーリ語のパンニャーを漢字にした物です。 響きはかわいいですね。 食べ物だって仏教関係 【しゃり】 お釈迦様の遺骨のことを仏舎利と言いますが、お米を壮呼ぶようになったのは何故か?信者たちが「私にもください!」と殺到した為、細かく分けられたためです。 【インゲン豆】 隠元という僧侶が日本に持ち込んだのが始まりです。 隠元和尚は日本ではなく明のご出身。 63歳の時、日本に呼ばれました。 そこでインゲン豆と呼ばれることになる豆を精進料理として出したのが名前の由来です。 【カルピス】 仏教はジュースにも絡んでいました。 カルピスの語源は、仏の教えの真髄を示すサルピスマンダとカルシウムを合わせた言葉。 サルピスマンダも元々は最上級の美味を持った乳製品で、仏教では「醍醐味」という言葉に訳されています。 【がんもどき】 宗派によりますが、肉食禁止は仏僧の掟の一つ。 でも食べたい。 そこで生まれたのが味を似せた「肉もどき」「魚もどき」です。 がんもどきとは、鳥の鴈の味時似せた料理が元なのですね。 他にも昆布を斬って入れたら何だか鴈が飛んでいるように見えた、丸(がん)という鶏肉を使った料理に似ていたとの説があります。 【羊羹】 羹(あつもの)というのは、煮凝りのスープ。 ここでは羊の煮凝りスープとなります。 しかし、お坊さんが食べちゃダメなのは(ダメということはありませんが)先にも述べた通り。 ぷるんぷるんした煮凝りなので、固めたお菓子になったというわけです。 他に、元々は肉料理だけど、お坊さんがお菓子に発展させた料理として、饅頭があります。 こちらも肉まんのような形態が普通でしたが、せめてもと餡子を入れたのが始まり。 動植物だって仏教関係 【閻魔コオロギ】 閻魔様のような怖い顔、ということでこの名前がついたそうです。 何をどうしたら虫に閻魔様の姿を見い出せるのか少々疑問ですが、死者の量刑を決めることで有名な閻魔様のような眼光を感じることは感じます。 でも声は美しいそうですよ。 【精霊バッタ】 見られる時期がお盆なので、この名前がつきました。 精霊流しの船と似た姿をしているのも、名前の由来の一因となっています。 オスで5センチ、メスで10センチほど。 大体が葉っぱの中にいるような虫を見て「ああ、ご先祖様」と思いを馳せるとは、昔の人は目がいい上に想像力が豊かだったのですね。 【マッコウクジラ】 クジラの腸にできる通称「龍涎香」。 病気の巣ですが、人間にとっては「あらいい匂い」と評判で、高値で取引されることも多々あります。 マッコウクジラの出す龍涎香は抹香(まっこう)と呼ばれるお香に似た臭いを発するとか。 抹香の使い道は、ご焼香や体を清めることなど。 マッコウクジラのお腹の色が抹香に似ているとの説もあります。 【菩提樹】 「ああ、お釈迦様が悟りを開いた、あの木ね」とあまり仏教に詳しくない人でも何となく分かるかもしれませんが、この木は実在します。 菩提というのは悟りのこと。 お釈迦様が悟りを開いたため、菩提樹と呼ばれるようになりました。 【曼珠沙華】 天に咲き、悪いカルマから離れることができるとされる花です。 彼岸花として知られる花で、美しいのですが、有毒。 【仏の坐】 何がどう仏教絡みなのかと言えば、仏が座る蓮華座に似ているので、この名前がつきました。 春の七草の一つとされますが、実際には違う草です。 なので食べないようにしましょう。 ことわざだって仏教関係 【果報は寝て待て】 意味は「焦らずに、好機を待つ」。 人は迷いがちです。 どの道を選んでも、「間違いだったのではないか」と不安になることもあるでしょう。 しかし、そんなウジウジ迷って考えたって仕方ありません。 「これだ!」と思った道を突き進むしかないのです。 「何もしないで寝てろ」という意味ではなく、「ある程度の準備をしていれば、いつか時期がやってくる」と言った意味合いのようですね。 【釈迦に説法】 その道のプロ、或いはそれに通ずる人にエッヘンと講釈を垂れる滑稽な様を現すことわざ。 三ツ星フランス料理のシェフに「フレンチとはねえ」と語るような物です。 真相を知った時は恥ずかしいことこの上ないでしょう。 【栴檀は双葉より芳し】 優れた人は幼い頃からその片鱗があった、という意味。 栴檀とは仏像の材料としてよく使用される木です。 元々香木ですが、目が出た時から、妙なる芳香を放つとされます。 慣用句だって仏教関係 【足を洗う】 「足を洗ってカタギで生きるよ!」と、悪事を止める時に使われますね。 由来はインド時代まで遡ります。 当時の修行僧は裸足で生活し、托鉢などの為に歩いていました。 寺に帰れば足を洗って、反省会をしたり、お釈迦様の説法を聞くこともあったようです。 修行僧からすると托鉢する町は煩悩や迷いの多い世界であり、寺は悟りを得た世界という想いもあったかもしれません。 つまり、そんな煩悩や迷いを洗い流すという意味です。 【魔が差す】 不意に万引きなどの悪事を行った時「魔が差した」と人はいいます。 これは元々、お釈迦様が悟りを開く寸前に現れた悪魔が関係していました。 心に差す魔の正体は、あらゆる煩悩。 欲望や疑いや恐怖などでした。 そんな魔に負けないよう、清らかな、とまではいかないまでも強い心を持ちましょう。 【図に乗る】 調子に乗るという意味ですね。 これは歌のような節つきのお経にある節の調子が変わることを「図」と呼び、うまく切り替えができた時に「お、図に乗れたねえ」などとったのが始まりだそうです。 【滅相もない】 「あってはならない」「とんでもない」。 そんな意味ですが、仏教における無常に関する言葉でした。 生まれて、成長して、やがては老いて死ぬ。 この四段階を生相、往相、異相、滅相と分けた、最後の一つであり、「滅んじゃうのね」と言う哀愁のある言葉なのです。 【冥利に尽きる】 「男冥利に尽きるね」と多大な恩恵に感謝するこの言葉。 「冥利」とは、前世の善行により、今の幸福になっていることを表します。 冥利が尽きないよう、徳を積みましょう。 まとめ.

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「箍が外れる」の意味と使い方・例文・類語・由来|タガとは

みっともない 由来

ある日常の家庭の風景です。 ただいま~と言い、玄関から家に入ると部屋にいた妹がいました。 愛敬をふりまく顔を見た刹那に、何もない無事な日を思い浮かべ安心をしました。 さて、この中に、仏教用語が由来の言葉が何語入っているかわかりますか? 正解は、以下の中にあります。 普段、何気なく使っている仏教用語が由来の言葉を調べてみるといっぱいありました。 みなさまのお役に立てると嬉しいです。 それでは、どうぞ。 仏教用語が語源となっている日常の言葉とは? 涅槃(ねはん)や般若波羅密多(はんにゃはらみった)など、仏教用語はとても難しそうなイメージがありますよね。 その理由はサンスクリット語の音をそのまま漢字で表現した音写にあるからです。 例えば、般若波羅密多は、恐ろしい感じの字ですが、元は、プラジュニャー(智慧)・パラミーター(感性)というサンスクリット語の訛ったパンニャー・パラミーターの音写語です。 また、涅槃は、安らぎを意味するニルヴァーナの音写です。 その様な、音写語を含む仏教用語が日常でも使われています。 よく聞く言葉を中心に、もともとの意味をまとめてみました。 仏教用語が由来?日常の言葉とは? 愛嬌(あいきょう) もともとは、愛敬(あいぎょう)といい、如来さまや菩薩さまの柔和な表情である愛敬相(あいぎょうそう)から派生した言葉。 愛嬌のある人は、大好きです。 挨拶(あいさつ) もともとは、挨は押す、拶は迫るという意味で、禅僧の子弟が押し問答で悟りの深さを試すことから派生した言葉。 よく話し方教室等で、この意味を教わりました。 阿吽(あうん) もともとは、サンスクリット語の最初と最後の文字を転写した、フームの音写化したものです。 阿吽の呼吸とは、良く言いますね。 足を洗う(あしをあらう) もともとは、お寺に入る際に汚れた足を洗うことから、汚れた世界から身を清める意味をもちました。 どちらかと言うと、悪い事をやめる意味になります。 安心(あんしん) もともとは、仏教であんじんと読み、覚りを開いて、こころの安らぎを得た状態を意味します。 うろうろする もともとは、うろは有漏と書き、煩悩がある状態をいう。 この煩悩によって迷い、どこへ行ってよいのかわからない状態を意味する。 よく街をうろうろしていますが、まさに煩悩(欲望)で動いてます。 (笑) お陀仏(おだぶつ) もともとは、臨終の際に唱える念仏「南無阿弥陀仏」から派生した言葉。 死ぬことを意味する。 いつかはお陀仏ですが、やりたい事がたくさんあり、まだ、ずっと先にしたいです(笑) 億劫(おっくう) もともと、劫は、仏教用語で果てしな長い年月のこと。 それが、億もあることで、目の前のやるべきことに対して意欲をなくした状態を意味する。 いろいろと億劫なことはありますが、一歩一歩進みまっす。 親玉(おやだま) もともと、数珠のなかにある1つの大きな珠のこと。 たしかに、おやだまありますね。 他は子分玉かなぁ? 玄関(げんかん) もともと、玄は幽玄、関は関門を表し、禅の世界で仏門に入ることを意味した。 今の玄関とは、言葉の意味が違いますね。 出世(しゅっせ) もともとは、お釈迦様がブッダ(悟りを開いた人)として、世にでたことを意味し、のちに僧侶の階級が上がることにも用いられるようになった。 有名になったり、階級があがれば出世と言えるのは使い方が同じですね。 正念場(しょうねんば) もともと、正念は、修行者の実施すべき八正道の1つで、邪念を払い、正しい教えを忘れないこと。 転じて、重要な局面を意味する。 ここぞという、最も力をいれる場面の事ですね。 上品(じょうひん) もともと、現生の行いに応じた極楽往生のランクには、上品上生(じょうぼんじょうしょう)から、下品下生(げぼんげしょう)まで、9品(くほん)あります。 その上位のものを意味する。 上品(じょうひん)から下品(げひん)まで9ランク。 一瞬とは、1兆分の数秒という表現があるので刹那はもう少しゆったりした感じです。 醍醐味(だいごみ) もともとは、牛乳をバターにする過程ででる5つの味(五味)をいう。 そのうち最上のもののことで、転じて仏の最上の教えを意味するようになった。 醍醐味を味わうには厳しい修行が必要だとか。 旦那(だんな) もともと、サンスクリット語で、布施を意味するダーナの音写したもの。 布施をするひとの意味となった。 内緒(ないしょ) もともと、内証(ないしょう)と書き、仏が心の内の悟りによって真理をつかんだことを意味した。 奈落(ならく) もともと、サンスクリット語で地獄を意味するナラカの音写したもの。 ひどい もともと、仏教で修行を行うことを道と呼び、それに外れることを非道と呼んだ。 この非道が形容詞化したものです。 蒲団(ふとん) もともと、蒲(がま)を丸く編んでつくった座禅用の敷物。 座蒲団から、寝具の蒲団へ派生しました。 方便(ほうべん) もともと、お釈迦様が相手によって覚りを開かせるための説法内容を変えたことに由来する。 目的のために使う便宜上の手段の意味となった。 冥利(みょうり) もともと、善行により、知らず知らずのうちに受ける仏の恵みのことを意味します。 利益(りえき) もともと、仏教では、りやくと読み、仏の力で得た幸福や富、健康のこと、修行の成果として得られたものも意味する。 喫茶(きっさ) もともと、禅宗の言葉で、喫茶喫飯(きっさきっぱん)といい、修行の本質は、日常生活の中にあるという意味です。 喫茶店でコーヒーを飲んだら、喫茶ではないのかなぁ?(笑) 食堂(しょくどう) もともと、仏教では、じきどうと読んだ。 お寺の中で僧が食事をするお堂のこと。 寺院の場合は、食事の際も修行が続くので、一般の食事室のイメージではありません。 果報は寝て待て もともと、果報とは、因果応報のこと。 あせらず待っていれば幸運は必ずやってくるという意味ではあるが、何もしなくてよいわけではなく、良い事をすれば良い事が訪れるということ。 確かに。 娯楽(ごらく) もともと、楽はさとりの楽しさで、仏を信じることで得られる、精神的な安らぎを意味した。 無事(ぶじ) もともと、すべての煩悩を捨て、執着心から解放された状態を意味しました。 自業自得(じごうじとく) もともと、仏教でいう業とは行為のことで、自分のしたことの報いは、自分に返ってくること。 善因善果、悪因悪果の意味と同じですね。 所得(しょとく) もともとは、所有を表すサンスクリット語のウパランパが語源。 得られたもの、体験されたものを意味する。 僧の場合は、物質的なものではなく、精神的に得たものを意味します。 ちゃら もともとは、策略・詐欺・欺瞞などの意味するサンスクリット語でチャラが語源と言われている。 差し引きゼロ、借りをちゃらにするなど、ずるいイメージがする言葉に使われています。 工夫(くふう) もともとは、㓛夫と書いて、作業する人の事を意味したが、修行に励むことも意味する。 人事(じんじ) もともとは、僧同士の初対面の場を人事という。 いち早く相手の力量を見抜くことで修行の成果をみた。 人間がすべきこと、できることという意味もある。 人事をつくすという言葉は、やるだけの事はしたという意味になります。 一大事(いちだいじ) もともとは、仏教用語で一大事因縁という。 仏がこの世に出現する一大目的のこと。 たしかに一大事ですね。 頑張る(がんばる) もともとは、我張るで、それが変化したもの。 自分の考えに執着することは、良くないとされ仏教では、プラスのイメージではない。 現在は、どちらかというとプラスイメージで使われています。 差別(さべつ) もともとは、しゃべつと読み、この世に存在するものは、同じものはないという意味。 それぞれには、独自の姿があるという考え方。 現在の使い方とは逆の使い方ですね。 もともとの意味を尊重したいです。 仏教用語とは?~まとめ~ 私達が現在使っている言葉の中には、仏教用語が由来の言葉がたくさんあります。 ここでは、載せきれないほどの言葉の中から個人的に馴染みの深い言葉を抜粋しました。 本当に日本文化に仏教が入り込んで融合されていることを実感しました。 さて、今日も書き終えたので、これから部屋の掃除をします。 あっ、掃除も、実は仏教用語なんです。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 あわせて読みたい関連記事 None Found.

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もったいない

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「みっともない」とは? 「みっともない」の意味と使い方について紹介します。 意味 「みっともない」は、 「見た目が悪い」 「体裁が悪い」という意味です。 使い方 「みっともない」は形容詞で、 「見た目が悪くてとても人に見せられない」 「世間に対して面目が立たない」時に使います。 基本的に 「人に知られたら恥ずかしいこと」と思う気持ちが強い言葉です。 言い手の主観によるところが大きく、言われた人がそう思わないこともあります。 「みっともありません」とは? 「みっともありません」の意味と使い方について紹介します。 意味 「みっともありません」は、 「みっともない」の誤用です。 使い方 「みっともない」はこの言葉でひとつの形容詞であり、 「ない」だけ変化することはありません。 「はしたない」 「せわしない」が、 「はしたありません」 「せわしありません」 「ない」を動詞の 「ない」と勘違いして 「ありません」と丁寧語にしています。 正しくは 「みっともないことでございます」になります。 「みっともない」と「みっともありません」の違い! 「みっともない」は、 「見た目が悪い」 「体裁が悪い」という意味です。 「みっともありません」は、「みっともない」の誤用で、正しくは「みっともないことでございます」になります。 まとめ 「みっともない」は 「みっともありません」とは使えません。 ビジネスで丁寧に言おうとして間違えない様にしましょう。

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