電車 原宿。 「花小金井駅」から「原宿駅」乗り換え案内

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電車 原宿

概要 [ ] 駅名は、開業当時に近隣にあったである(原宿)から。 制度における「」および「」に属している。 また、近接する(東京メトロ)のとのが実施されている。 なお、の連絡運輸はとなるため、この駅での連絡運輸はないが、車内自動放送においては双方とも乗り換え案内がなされている。 原宿・地区のアクセス駅で、近隣(主に駅東側)は若者を中心ににぎわいをみせている。 一方、西側はやの森林に接している。 二代目となる旧駅舎は(13年)に竣工したで 、都内で現存する木造駅舎で最も古い。 建物は二階建てで、尖塔付きの屋根に白い外壁、露出した骨組という特徴をもつ調のを用いられている。 窓格子は二重斜格子文で、階段に使用されている廃には、「1950」の刻印が見られる。 2016年時点、とともに外国人観光客の注目を集めるスポットとして紹介されている。 歴史 [ ] 開業時は乗降客が少なかったが、(大正8年)にが造営された後には発展を続けた。 乗降客が増加した(4年)には(当時の名称は坂下口、現在の表示は竹下改札)地下道、(昭和14年)には明治神宮側臨時が設置されている。 戦前 [ ]• (39年)• :の駅として開業。 同時に貨物営業も開始。 駅は現在位置より寄りにあった。 :日本鉄道が、の駅となる。 (明治42年):制定により山手線の所属となる。 (3年)• :の葬儀が隣接するで行われる。 原宿駅南方よりを敷設し、霊柩列車出発用の代々木仮停車場を設ける。 :駅北側(代々木駅寄り)に原宿設置。 京浜線にあたって新設された矢口変電所から受電し、総容量1,000で600を給電した。 (大正5年)1月:明治神宮造営のために駅北部から分岐する引き込み線を設置。 (大正9年)11月1日:明治神宮が完成、鎮座祭が行われる。 (大正11年)• :渋谷駅 - 当駅間が化。 :原宿変電所廃止。 (大正12年):。 (大正13年)• 6月:開業当初よりも南寄り(渋谷駅寄り)の現在地に移動。 現在に続くイギリス風木造駅舎が竣工、設計は技師の長谷川馨。 12月:当駅 - 間が複々線化。 (大正14年):原宿変電所跡地にが完成。 が・・のへ静養に出発する専用の目的で建設された。 (16年):貨物取り扱いを廃止。 (昭和20年):下のにより駅舎に直撃弾を受けるも全てで、焼失を免れる。 戦後 [ ] 戦災からの復興の過程で、隣接する地区にはが林立、原宿駅前にも同様の旅館が出現した。 それらを一掃しようという運動が近隣住民やを中心に行われ、原宿駅を含む原宿地区は(昭和32年)、の指定を受けた。 その結果、は姿を消した。 (昭和27年):鉄道開業80周年を記念して「専用ホーム」の一般公開を実施。 復元された最初のが展示された。 (昭和47年):(営団地下鉄)のが付近に開業。 (昭和51年)7月:営業開始(2017年1月31日営業終了)。 (昭和62年)• :に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅(山手線所属)となる。 :とともにホームの全面禁煙を試行 (1994年9月まで )。 なお、他の駅で喫煙コーナー設置による分煙が採用されたため、統一する形でいったん取りやめとなった後、2009年4月より再度全面禁煙化された。 (9年):「」に認定される。 選定理由は「神宮の森とマッチしている西洋風の駅舎」。 (平成13年):「」の利用が可能となる。 (平成26年):の使用を開始。 (2年):新駅舎が供用開始。 外回りホーム(旧2番線)が新ホームへと移動。 駅構造 [ ] 2面2線を有する。 表参道口にはが設置され、改札外にのへの乗り換え口がある。 コンコースとホームを連絡するとが設置されており、措置が取られているが、竹下口にはこのような設備はなく、改札口があるのみである。 のりば [ ] 番線 路線 方向 行先 1 山手線 内回り ・・方面 2 外回り ・・方面 (出典:)• 竹下改札(2019年9月) 臨時ホーム [ ] 当駅の特徴として、通常では使われないホームが存在する。 ひとつは内回り線(渋谷駅方向)の駅手前・代々木駅寄りに1面1線の皇室専用ホームがある(後述)。 このほか、かつては外回り線(代々木駅方向)にも1面1線の敷地内「臨時ホーム」(旧・3番線ホーム)があった。 このホームは例年、のみ使用される明治神宮の客向けのもので、(15年)から供用が開始された。 明治神宮は毎年日本で最多の初詣客が訪れ、山手線はから元日にかけてが行われる。 この期間は外回り線は臨時ホームで乗降を行い、当時の2番線ホームは使用を中止していた。 駅構内の混雑緩和に向けた工事が開始されてからの数年間は、この臨時ホームは使用されず、2020年3月21日より新・2番線として、通年使用のホームとなっている。 発車メロディ [ ] 外回り・内回りともに当駅オリジナルのメロディが使われている。 なお、からまでは期間限定での楽曲『』が採用され、1番線ではサビ、2番線では冒頭部を使用していた。 また、臨時ホームでは発車ベルが使われる。 1 原宿a 2 原宿b 皇室専用ホーム [ ] 皇室専用ホームの入口付近(2008年9月) 駅北側(寄り)の線路から分岐する形で設置されている、専用駅。 正式な名称は 原宿駅側部乗降場であるが 、「北部乗降場 」「北乗降場 」「帝室御乗降場 」などとも呼称され、 宮廷ホームの通称でも知られる。 設置以来、の発着に使われ、2013年(平成25年)時点ではとJR東日本の共同所有となっている。 は217メートル、ホーム長は171メートルある。 一般客が乗り降りする山手線のホームとは厳格に区別された宮廷ホームは簡素な造りで、屋根には古レールが使われているなど派手さはない。 これは宮廷ホームが造られた当時、大正天皇が病気療養中だったためで、あまり派手な駅を作ると療養中の天皇が利用している姿が人目につき、健康を害している天皇の姿を国民が目の当たりにしたら、社会に動揺が広がることにもなりかねないと考えられ、あえて控えめに造られたとされている。 敷地内にはホームの他に、信号扱所、、待合室がある。 このホームが使用される際のみ、原宿駅はへと一時的に昇格する。 通常は当ホームの・はレンズ部分に黒い蓋をして使用停止とし、本線(通過線)側の出発信号機・場内信号機はとして扱っている。 大正時代 [ ] が宮城(きゅうじょう、の旧称)からや等へ静養に出発するための専用駅として設置された。 工事は1925年(大正14年)夏、旧原宿駅跡地、および旧原宿変電所跡地とその側線を転用する形で着工され 、同年に完成した。 同年にはが行われ、大正天皇が初めて利用したのは、(大正15年)、葉山御用邸に出発する際であった。 しかしながら大正天皇は同年に葉山御用邸にて。 生前に利用したのは1度だけであった。 同、皇居へ戻るに際してがこのホームに到着した。 昭和時代 [ ] 201系試作車展示会 (1979年5月) 昭和時代には・が那須御用邸()や須崎御用邸()、などへ向かう()場合などに運行される専用のお召し列車が年に数回発着していた。 また、香淳皇后が須崎・那須両御用邸へ静養のために向かう際には、このホーム発の専用列車に乗車していた。 昭和天皇がこのホームを利用する場合、(・・・)、、(国鉄)、東京(1969年(昭和44年)4月以降は東京西鉄道管理局)長が揃って「お見送り」をすることが、国鉄時代の慣わしであった。 皇族専用ホームは皇族による利用のほか、(昭和54年)にはの試作車展示や 、(昭和63年)にはパビリオン列車「」の出発式といった、各種イベントにも用いられた。 平成時代・令和 [ ] 平成の時代になると・はを利用することが多く、それ以前に他交通機関の発達もあって鉄道利用が少なく、お召し列車の運行自体が稀になっている。 天皇が原宿駅の皇室専用ホームを最後に使用したのは(平成13年)、第52回全国植樹祭から帰った際である。 以来、第126代天皇が即位した令和時代も含め、皇室専用ホームを皇族が利用した実績はない。 原宿駅・皇室専用ホームが利用されなくなった背景には、山手貨物線がの延伸やなど旅客列車の増発に伴い、過密となり、お召し列車の運行には不適切になっているという事情もあるという。 乗降場の周囲では草刈りは定期的に実施されているものの、場内信号機は白い蓋で塞がれており、が使用停止のまま長らく列車の発着がないためにレールが錆び付くなど、即座には使用できない状態となっている。 一方、皇室専用ホームは廃止されたわけではなく、では今後、の地方への案内といった場合に使用される可能性が示唆されている。 2020年には皇室専用ホーム周囲に新たにフェンスが設置された。 2016年10月30日に、原宿駅開業110周年の記念として、ホームの一般公開が行われた。 駅改良工事 [ ] 2016年6月8日、・に向けて、、とともに駅舎の建て替えを含む改良工事が発表された。 年始のみ使用している臨時ホームを・方面行き外回り専用ホームとして常設化する。 他、2階建ての駅舎に建て替え、エレベーターとエスカレーターの増設、トイレや表参道改札口と通路の拡張などが行われる。 また、新駅舎は明治神宮口にも設置される。 なお、今回常設化される外回り専用ホームにはホームドアも設置され、改良工事後の島式ホームは内回り渋谷・品川方面行き専用ホームになる。 これらは、2020年3月21日より供用開始されている。 工事の影響により2019年のはこのホームは使用されなかった。 JR東日本は、駅舎2階の連絡通路から明治神宮側への降車専用仮通路階段を開設(2018年12月31日午後11時 - 2019年1月3日午後5時)するとともに、での乗降を呼び掛けた。 新駅舎の供用開始後、現駅舎は解体され、跡地は現駅舎のデザインを防火基準に即した建材で再現した商業施設となる。 2016年に改良工事の計画が発表されたのち、渋谷区長のや地元住民が駅舎の解体に反対し保存の声を上げたが 、法律が定める耐火性能を保てないことなどを理由として解体されることとなった。 利用状況 [ ] (令和元年)度の1日平均は 72,579人であり 、JR東日本全体ではに次いで第62位。 近年の推移は下記の通り。 年度別1日平均乗車人員 年度 1日平均乗車人員 出典 定期外 定期 合計 1989年(平成元年) 70,838 1990年(平成 02年) 69,709 1991年(平成 03年) 69,331 1992年(平成 04年) 68,156 1993年(平成 05年) 67,208 1994年(平成 06年) 66,301 1995年(平成 07年) 67,265 1996年(平成 08年) 70,586 1997年(平成 09年) 71,058 1998年(平成10年) 71,819 1999年(平成11年) 71,946 2000年(平成12年) 71,364 2001年(平成13年) 72,392 2002年(平成14年) 72,463 2003年(平成15年) 72,400 2004年(平成16年) 71,685 2005年(平成17年) 73,446 2006年(平成18年) 75,149 2007年(平成19年) 76,788 2008年(平成20年) 74,524 2009年(平成21年) 75,581 2010年(平成22年) 71,456 2011年(平成23年) 69,750 2012年(平成24年) 47,354 24,117 71,472 2013年(平成25年) 47,713 23,152 70,866 2014年(平成26年) 48,090 22,676 70,766 2015年(平成27年) 50,476 23,256 73,733 2016年(平成28年) 52,754 23,330 76,084 2017年(平成29年) 51,091 23,262 74,353 2018年(平成30年) 51,669 23,672 75,341 2019年(令和元年) 48,861 23,717 72,579 駅周辺 [ ] 「」、「」、「」、「」、および「」も参照• 、原宿東郷記念館• - アイドルグループ「」と「ふわふわ」の専用劇場。 - ・ その他の駅周辺施設は「」を参照。 バス路線 [ ] 最寄り停留所は、 原宿駅、 原宿駅入口、 明治神宮となる。 原宿駅• :・経由 正門行/方面行循環 原宿駅入口• 渋谷区コミュニティバス「」• :・方面/渋谷区役所行• :・方面/渋谷駅ハチ公口行 明治神宮• 渋谷区コミュニティバス「ハチ公バス」• 1979年冬:原宿ものがたり• 2002年春:ワールドカップ 日本代表がんばれ• 2014年秋:『福島魅力再発見の旅』〜「福が満開、福のしま。 」でお待ちしております〜• 工事記録• 東日本旅客鉄道. 2020年4月8日時点のよりアーカイブ。 2020年4月8日閲覧。 東京ふる里文庫11 東京にふる里をつくる会編『渋谷区の歴史』名著出版 1978年9月30日発行 p206• 国鉄監修『交通公社の時刻表』1976年8月号• 『』第21巻第11号、鉄道ジャーナル社、1987年9月、 126頁。 『』1994年8月4日夕刊。 「昭和15年10月頃の山手線線路図」『』(電気車研究会発行)1985年10月号 p. 50-51• 日本観光史 2011年12月27日閲覧• 鉄道省編 『大正天皇大喪記録』• 鉄道ニュース 2020年3月9日• (2015年4月3日)2019年11月26日閲覧。 独立行政法人 IPA 、2015年4月3日 2019年11月26日閲覧。 報道発表資料 [ ]• 産経新聞. 2020年3月21日. の2020年3月21日時点におけるアーカイブ。 2020年3月21日閲覧。 (2016年12月29日時点の) - オンライン、2016年12月28日。 朝日新聞. 2020年3月21日. の2020年3月21日時点におけるアーカイブ。 2020年3月21日閲覧。 2019年11月19日. の2019年11月19日時点におけるアーカイブ。 2019年11月19日閲覧。 『朝日新聞』 2010年8月31日. 2010年9月1日時点の [ ]よりアーカイブ。 2010年8月31日閲覧。 『』朝刊2018年12月30日(社会面)2019年1月10日閲覧。 (2017年2月15日時点の) - 東洋経済オンライン、2017年2月15日。 利用状況 [ ] JRの1日平均利用客数• 参考文献 [ ]• 鉄道省編『大正天皇大喪記録』鉄道省、1928年。 星山一男『お召列車百年』電気車研究会、1973年。 小野田滋「東京鉄道遺産をめぐる22 大正浪漫の駅 原宿駅(その1)」『鉄道ファン』No. 597、交友社、2011年1月。 小野田滋「東京鉄道遺産をめぐる22 大正浪漫の駅 原宿駅(その2)」『鉄道ファン』No. 598、交友社、2011年2月。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 駅舎が初代原宿駅の古材を用いて建築されている [ ]。 外部リンク [ ]• :JR東日本.

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概要 [ ] 駅名は、開業当時に近隣にあったである(原宿)から。 制度における「」および「」に属している。 また、近接する(東京メトロ)のとのが実施されている。 なお、の連絡運輸はとなるため、この駅での連絡運輸はないが、車内自動放送においては双方とも乗り換え案内がなされている。 原宿・地区のアクセス駅で、近隣(主に駅東側)は若者を中心ににぎわいをみせている。 一方、西側はやの森林に接している。 二代目となる旧駅舎は(13年)に竣工したで 、都内で現存する木造駅舎で最も古い。 建物は二階建てで、尖塔付きの屋根に白い外壁、露出した骨組という特徴をもつ調のを用いられている。 窓格子は二重斜格子文で、階段に使用されている廃には、「1950」の刻印が見られる。 2016年時点、とともに外国人観光客の注目を集めるスポットとして紹介されている。 歴史 [ ] 開業時は乗降客が少なかったが、(大正8年)にが造営された後には発展を続けた。 乗降客が増加した(4年)には(当時の名称は坂下口、現在の表示は竹下改札)地下道、(昭和14年)には明治神宮側臨時が設置されている。 戦前 [ ]• (39年)• :の駅として開業。 同時に貨物営業も開始。 駅は現在位置より寄りにあった。 :日本鉄道が、の駅となる。 (明治42年):制定により山手線の所属となる。 (3年)• :の葬儀が隣接するで行われる。 原宿駅南方よりを敷設し、霊柩列車出発用の代々木仮停車場を設ける。 :駅北側(代々木駅寄り)に原宿設置。 京浜線にあたって新設された矢口変電所から受電し、総容量1,000で600を給電した。 (大正5年)1月:明治神宮造営のために駅北部から分岐する引き込み線を設置。 (大正9年)11月1日:明治神宮が完成、鎮座祭が行われる。 (大正11年)• :渋谷駅 - 当駅間が化。 :原宿変電所廃止。 (大正12年):。 (大正13年)• 6月:開業当初よりも南寄り(渋谷駅寄り)の現在地に移動。 現在に続くイギリス風木造駅舎が竣工、設計は技師の長谷川馨。 12月:当駅 - 間が複々線化。 (大正14年):原宿変電所跡地にが完成。 が・・のへ静養に出発する専用の目的で建設された。 (16年):貨物取り扱いを廃止。 (昭和20年):下のにより駅舎に直撃弾を受けるも全てで、焼失を免れる。 戦後 [ ] 戦災からの復興の過程で、隣接する地区にはが林立、原宿駅前にも同様の旅館が出現した。 それらを一掃しようという運動が近隣住民やを中心に行われ、原宿駅を含む原宿地区は(昭和32年)、の指定を受けた。 その結果、は姿を消した。 (昭和27年):鉄道開業80周年を記念して「専用ホーム」の一般公開を実施。 復元された最初のが展示された。 (昭和47年):(営団地下鉄)のが付近に開業。 (昭和51年)7月:営業開始(2017年1月31日営業終了)。 (昭和62年)• :に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅(山手線所属)となる。 :とともにホームの全面禁煙を試行 (1994年9月まで )。 なお、他の駅で喫煙コーナー設置による分煙が採用されたため、統一する形でいったん取りやめとなった後、2009年4月より再度全面禁煙化された。 (9年):「」に認定される。 選定理由は「神宮の森とマッチしている西洋風の駅舎」。 (平成13年):「」の利用が可能となる。 (平成26年):の使用を開始。 (2年):新駅舎が供用開始。 外回りホーム(旧2番線)が新ホームへと移動。 駅構造 [ ] 2面2線を有する。 表参道口にはが設置され、改札外にのへの乗り換え口がある。 コンコースとホームを連絡するとが設置されており、措置が取られているが、竹下口にはこのような設備はなく、改札口があるのみである。 のりば [ ] 番線 路線 方向 行先 1 山手線 内回り ・・方面 2 外回り ・・方面 (出典:)• 竹下改札(2019年9月) 臨時ホーム [ ] 当駅の特徴として、通常では使われないホームが存在する。 ひとつは内回り線(渋谷駅方向)の駅手前・代々木駅寄りに1面1線の皇室専用ホームがある(後述)。 このほか、かつては外回り線(代々木駅方向)にも1面1線の敷地内「臨時ホーム」(旧・3番線ホーム)があった。 このホームは例年、のみ使用される明治神宮の客向けのもので、(15年)から供用が開始された。 明治神宮は毎年日本で最多の初詣客が訪れ、山手線はから元日にかけてが行われる。 この期間は外回り線は臨時ホームで乗降を行い、当時の2番線ホームは使用を中止していた。 駅構内の混雑緩和に向けた工事が開始されてからの数年間は、この臨時ホームは使用されず、2020年3月21日より新・2番線として、通年使用のホームとなっている。 発車メロディ [ ] 外回り・内回りともに当駅オリジナルのメロディが使われている。 なお、からまでは期間限定での楽曲『』が採用され、1番線ではサビ、2番線では冒頭部を使用していた。 また、臨時ホームでは発車ベルが使われる。 1 原宿a 2 原宿b 皇室専用ホーム [ ] 皇室専用ホームの入口付近(2008年9月) 駅北側(寄り)の線路から分岐する形で設置されている、専用駅。 正式な名称は 原宿駅側部乗降場であるが 、「北部乗降場 」「北乗降場 」「帝室御乗降場 」などとも呼称され、 宮廷ホームの通称でも知られる。 設置以来、の発着に使われ、2013年(平成25年)時点ではとJR東日本の共同所有となっている。 は217メートル、ホーム長は171メートルある。 一般客が乗り降りする山手線のホームとは厳格に区別された宮廷ホームは簡素な造りで、屋根には古レールが使われているなど派手さはない。 これは宮廷ホームが造られた当時、大正天皇が病気療養中だったためで、あまり派手な駅を作ると療養中の天皇が利用している姿が人目につき、健康を害している天皇の姿を国民が目の当たりにしたら、社会に動揺が広がることにもなりかねないと考えられ、あえて控えめに造られたとされている。 敷地内にはホームの他に、信号扱所、、待合室がある。 このホームが使用される際のみ、原宿駅はへと一時的に昇格する。 通常は当ホームの・はレンズ部分に黒い蓋をして使用停止とし、本線(通過線)側の出発信号機・場内信号機はとして扱っている。 大正時代 [ ] が宮城(きゅうじょう、の旧称)からや等へ静養に出発するための専用駅として設置された。 工事は1925年(大正14年)夏、旧原宿駅跡地、および旧原宿変電所跡地とその側線を転用する形で着工され 、同年に完成した。 同年にはが行われ、大正天皇が初めて利用したのは、(大正15年)、葉山御用邸に出発する際であった。 しかしながら大正天皇は同年に葉山御用邸にて。 生前に利用したのは1度だけであった。 同、皇居へ戻るに際してがこのホームに到着した。 昭和時代 [ ] 201系試作車展示会 (1979年5月) 昭和時代には・が那須御用邸()や須崎御用邸()、などへ向かう()場合などに運行される専用のお召し列車が年に数回発着していた。 また、香淳皇后が須崎・那須両御用邸へ静養のために向かう際には、このホーム発の専用列車に乗車していた。 昭和天皇がこのホームを利用する場合、(・・・)、、(国鉄)、東京(1969年(昭和44年)4月以降は東京西鉄道管理局)長が揃って「お見送り」をすることが、国鉄時代の慣わしであった。 皇族専用ホームは皇族による利用のほか、(昭和54年)にはの試作車展示や 、(昭和63年)にはパビリオン列車「」の出発式といった、各種イベントにも用いられた。 平成時代・令和 [ ] 平成の時代になると・はを利用することが多く、それ以前に他交通機関の発達もあって鉄道利用が少なく、お召し列車の運行自体が稀になっている。 天皇が原宿駅の皇室専用ホームを最後に使用したのは(平成13年)、第52回全国植樹祭から帰った際である。 以来、第126代天皇が即位した令和時代も含め、皇室専用ホームを皇族が利用した実績はない。 原宿駅・皇室専用ホームが利用されなくなった背景には、山手貨物線がの延伸やなど旅客列車の増発に伴い、過密となり、お召し列車の運行には不適切になっているという事情もあるという。 乗降場の周囲では草刈りは定期的に実施されているものの、場内信号機は白い蓋で塞がれており、が使用停止のまま長らく列車の発着がないためにレールが錆び付くなど、即座には使用できない状態となっている。 一方、皇室専用ホームは廃止されたわけではなく、では今後、の地方への案内といった場合に使用される可能性が示唆されている。 2020年には皇室専用ホーム周囲に新たにフェンスが設置された。 2016年10月30日に、原宿駅開業110周年の記念として、ホームの一般公開が行われた。 駅改良工事 [ ] 2016年6月8日、・に向けて、、とともに駅舎の建て替えを含む改良工事が発表された。 年始のみ使用している臨時ホームを・方面行き外回り専用ホームとして常設化する。 他、2階建ての駅舎に建て替え、エレベーターとエスカレーターの増設、トイレや表参道改札口と通路の拡張などが行われる。 また、新駅舎は明治神宮口にも設置される。 なお、今回常設化される外回り専用ホームにはホームドアも設置され、改良工事後の島式ホームは内回り渋谷・品川方面行き専用ホームになる。 これらは、2020年3月21日より供用開始されている。 工事の影響により2019年のはこのホームは使用されなかった。 JR東日本は、駅舎2階の連絡通路から明治神宮側への降車専用仮通路階段を開設(2018年12月31日午後11時 - 2019年1月3日午後5時)するとともに、での乗降を呼び掛けた。 新駅舎の供用開始後、現駅舎は解体され、跡地は現駅舎のデザインを防火基準に即した建材で再現した商業施設となる。 2016年に改良工事の計画が発表されたのち、渋谷区長のや地元住民が駅舎の解体に反対し保存の声を上げたが 、法律が定める耐火性能を保てないことなどを理由として解体されることとなった。 利用状況 [ ] (令和元年)度の1日平均は 72,579人であり 、JR東日本全体ではに次いで第62位。 近年の推移は下記の通り。 年度別1日平均乗車人員 年度 1日平均乗車人員 出典 定期外 定期 合計 1989年(平成元年) 70,838 1990年(平成 02年) 69,709 1991年(平成 03年) 69,331 1992年(平成 04年) 68,156 1993年(平成 05年) 67,208 1994年(平成 06年) 66,301 1995年(平成 07年) 67,265 1996年(平成 08年) 70,586 1997年(平成 09年) 71,058 1998年(平成10年) 71,819 1999年(平成11年) 71,946 2000年(平成12年) 71,364 2001年(平成13年) 72,392 2002年(平成14年) 72,463 2003年(平成15年) 72,400 2004年(平成16年) 71,685 2005年(平成17年) 73,446 2006年(平成18年) 75,149 2007年(平成19年) 76,788 2008年(平成20年) 74,524 2009年(平成21年) 75,581 2010年(平成22年) 71,456 2011年(平成23年) 69,750 2012年(平成24年) 47,354 24,117 71,472 2013年(平成25年) 47,713 23,152 70,866 2014年(平成26年) 48,090 22,676 70,766 2015年(平成27年) 50,476 23,256 73,733 2016年(平成28年) 52,754 23,330 76,084 2017年(平成29年) 51,091 23,262 74,353 2018年(平成30年) 51,669 23,672 75,341 2019年(令和元年) 48,861 23,717 72,579 駅周辺 [ ] 「」、「」、「」、「」、および「」も参照• 、原宿東郷記念館• - アイドルグループ「」と「ふわふわ」の専用劇場。 - ・ その他の駅周辺施設は「」を参照。 バス路線 [ ] 最寄り停留所は、 原宿駅、 原宿駅入口、 明治神宮となる。 原宿駅• :・経由 正門行/方面行循環 原宿駅入口• 渋谷区コミュニティバス「」• :・方面/渋谷区役所行• :・方面/渋谷駅ハチ公口行 明治神宮• 渋谷区コミュニティバス「ハチ公バス」• 1979年冬:原宿ものがたり• 2002年春:ワールドカップ 日本代表がんばれ• 2014年秋:『福島魅力再発見の旅』〜「福が満開、福のしま。 」でお待ちしております〜• 工事記録• 東日本旅客鉄道. 2020年4月8日時点のよりアーカイブ。 2020年4月8日閲覧。 東京ふる里文庫11 東京にふる里をつくる会編『渋谷区の歴史』名著出版 1978年9月30日発行 p206• 国鉄監修『交通公社の時刻表』1976年8月号• 『』第21巻第11号、鉄道ジャーナル社、1987年9月、 126頁。 『』1994年8月4日夕刊。 「昭和15年10月頃の山手線線路図」『』(電気車研究会発行)1985年10月号 p. 50-51• 日本観光史 2011年12月27日閲覧• 鉄道省編 『大正天皇大喪記録』• 鉄道ニュース 2020年3月9日• (2015年4月3日)2019年11月26日閲覧。 独立行政法人 IPA 、2015年4月3日 2019年11月26日閲覧。 報道発表資料 [ ]• 産経新聞. 2020年3月21日. の2020年3月21日時点におけるアーカイブ。 2020年3月21日閲覧。 (2016年12月29日時点の) - オンライン、2016年12月28日。 朝日新聞. 2020年3月21日. の2020年3月21日時点におけるアーカイブ。 2020年3月21日閲覧。 2019年11月19日. の2019年11月19日時点におけるアーカイブ。 2019年11月19日閲覧。 『朝日新聞』 2010年8月31日. 2010年9月1日時点の [ ]よりアーカイブ。 2010年8月31日閲覧。 『』朝刊2018年12月30日(社会面)2019年1月10日閲覧。 (2017年2月15日時点の) - 東洋経済オンライン、2017年2月15日。 利用状況 [ ] JRの1日平均利用客数• 参考文献 [ ]• 鉄道省編『大正天皇大喪記録』鉄道省、1928年。 星山一男『お召列車百年』電気車研究会、1973年。 小野田滋「東京鉄道遺産をめぐる22 大正浪漫の駅 原宿駅(その1)」『鉄道ファン』No. 597、交友社、2011年1月。 小野田滋「東京鉄道遺産をめぐる22 大正浪漫の駅 原宿駅(その2)」『鉄道ファン』No. 598、交友社、2011年2月。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 駅舎が初代原宿駅の古材を用いて建築されている [ ]。 外部リンク [ ]• :JR東日本.

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