ノルウェイ の 森 歌詞。 ★村上春樹「ノルウェイの森」の正しい読み方ー感想とあらすじ

NORWEGIAN WOOD(THIS BIRD HAS FLOWN) THE BEATLES 歌詞情報

ノルウェイ の 森 歌詞

概要 [ ] 、から作品として上下二分冊で刊行された。 にとして文庫化され、に文庫改訂版が出された。 にはあとがきが付されているが、文庫版には掲載されていない。 第二章と第三章は、短編小説「」(『』1983年1月号掲載)を下敷きにしている。 また、短編小説「」(『』1983年12月号掲載)も本作にまとまっていく系統の作品だが、「螢」とは違って本作との間にストーリー上の直接の関連はないという。 「多くの祭り(フェト)のために」というがある。 村上は本書についてこう述べている。 「この話は基本的にカジュアルティーズ(犠牲者たち)についての話なのだ。 それは僕のまわりで死んでいった、あるいは失われていったすくなからざるカジュアルティーズについての話であり、あるいは僕自身の中で死んで失われていったすくなからざるカジュアルティーズについての話である」。 主人公が出身であること、大学に入学した年が村上と同じであること、東京の私立大学で演劇を専攻していること、主人公が入っていた寮が村上も入寮したをモデルにしていることなどから、「自伝的小説」と見られることもあるが、本人はこれを否定している。 執筆の時期・背景 [ ] 、村上は妻の陽子とともに日本を発った。 10月半ば、のスペッツェス島に住み 、C・D・B・ブライアンの『偉大なるデスリフ』の翻訳に取り組んだ。 11月にに移動し、翻訳を最後まで仕上げてから本作品の執筆に取りかかった。 大学ノートにボールペンで書き進めた。 清書前のこのノートは今でも著者の手元に残っているという。 、ミコノス島を出た。 1月から1ヶ月間、ので書き続け、それからに移動。 、早朝から17時間休みなしで第一稿を深夜に書き上げた。 直後の日記に「すごく良い」とだけ書き記した。 3月26日、第二稿完成。 4月初め、イタリアのに来た講談社の社員に原稿を手渡した。 「ノルウェイの森」というタイトルがついたのはボローニャに行く2日前のことだった。 タイトルの由来 [ ] 本書は「雨の中の庭」というタイトルで書き始められた。 このタイトルはのピアノ曲集『』 の中の一曲「雨の庭」 Jardins sous la pluie)に由来する。 タイトルは原稿を版元に渡す2日前に変更された。 題名に迷った村上が妻に作品を読ませて意見を求めると、「ノルウェイの森でいいんじゃない? 」という返答があったという。 の曲の題をそのまま本の題にするということで、本人は当初気が進まなかったというが、周りの「題はもう『ノルウェイの森』しかない」という意見が大勢だったため今のタイトルとなった。 発行部数 [ ] 単行本の発行部数は、2008年時点で上巻が238万部、下巻が211万部の計449万部、2009年8月5日時点で上下巻あわせて454万4400部。 単行本・文庫本などを含めた日本における発行部数は2008年時点で計878万部 、2009年8月5日時点の増刷で1000万3400部 となり、国内累計発行部数は1000万部を突破した。 村上人気が高いでも100万部以上が出版されている。 上巻は、の『』に抜かれるまで、日本における小説単行本の発行部数歴代1位であった。 本書がベストセラーになったことについて、村上はこう述べている。 「小説が十万部売れているときには、僕はとても多くの人に愛され、好まれ、支持されているように感じていた。 でも『ノルウェイの森』を百何万部も売ったことで、僕は自分がひどく孤独になったように感じた。 そして自分がみんなに憎まれ嫌われているように感じた。 装幀 [ ] 重版本とその 村上自身がを手がけた。 赤と緑のカラーでまとめた鮮やかなデザインが、日頃小説を読まない若い女性層の支持を呼び込み、売上に貢献したとされる。 最も売れた版には金色のが付けられたが、この金色の帯は村上の意図したものではなく、発売後しばらく経ってから出版社の意向で変えられたものである。 もともと初版の帯は上下巻ともそれぞれのカバーとまったく同じ色(赤と緑)であり、金色の帯に変わったとき村上は日本にはおらず、もし相談されていたら断っていただろうと書いている。 帯文も注目された。 村上自身が書いた「100パーセントの」というキャッチコピーについて本人は、「僕はそのときほんとうは『これは100パーセントのリアリズム小説です』と書きたかったのだけれど(つまり『羊』や『世界の終り』とはラインが違いますということです)、そんなことを書くわけにもいかないので、洒落っけで『恋愛小説』というちょっとレトロっぽい『死語』を引っぱり出してきたわけです」と述懐している。 あらすじ [ ] 37歳のワタナベは、に到着した飛行機のBGMでの「」を聴き、激しい混乱を覚えた。 そして学生時代のことを回想した。 直子とはじめて会ったのはにいた高校2年のときで、直子はワタナベの友人キズキの恋人だった。 3人でよく遊んだが、キズキは高校3年の5月に自殺してしまった。 その後、ワタナベはある女の子と付き合ったが、彼女を置いて東京の私立大学に入学し、右翼的な団体が運営する学生寮に入った。 1968年5月、ワタナベは、の電車の中で偶然直子と1年ぶりの再会をする。 直子はの女子大に通っており、のアパートでひとり暮らしをしていた。 二人は休みの日に会うようになり、デートを重ねた。 10月、同じ寮の永沢と友だちになった。 永沢は入りを目指す2学年上の東大生だった。 ハツミという恋人がいたが、女漁りを繰り返していた。 翌年の4月、直子の20歳の誕生日に彼女と寝た。 その直後、直子は部屋を引き払いワタナベの前から姿を消した。 7月になって直子からの手紙が届いた。 今は京都にある(精神病の)療養所に入っているという。 その月の末、同室の学生がワタナベに、庭でつかまえた螢をくれた。 夏休みの間に、大学にが入りバリケードが破壊された。 ワタナベは大学教育の無意味さを悟るが、退屈さに耐える訓練期間として大学に通い続けた。 ある日、小さなレストランで同じ大学の緑から声をかけられる。 演劇史のノートを貸したことがきっかけで、それから緑とときどき会うようになった。 直子から手紙が来て、ワタナベは京都の山奥にある療養所まで彼女を訪ねた。 そして同室のレイコに泊まっていくよう勧められる。 レイコはギターで「」や「」、「」などを弾いた。 そして直子のリクエストで「ノルウェイの森」を弾いた。 (以上、上巻) ある日曜日、ワタナベが緑に連れられて大学病院に行くと、そこでは彼女の父親が脳腫瘍で入院していたが、父親は数日後に亡くなった。 永沢は外務省のに受かり、ワタナベはハツミとの就職祝いの夕食の席に呼ばれる。 ワタナベの20歳の誕生日の3日後、直子から手編みのセーターが届いた。 冬休みになり、再び療養所を訪れ、直子、レイコと過ごした。 年が明け(1970年)、学年末の試験が終わると、ワタナベは学生寮を出て、郊外の一軒家を借りた。 4月初め、レイコから直子の病状が悪化したことを知らせる手紙が届いた。 4月10日の課目登録の日、緑から元気がないのねと言われる。 緑はワタナベに「人生はビスケットの缶だと思えばいいのよ」と言った。 6月半ば、ワタナベは、緑から2か月ぶりにワタナベに話しかけられ、恋人と別れたことを報告されるも、ワタナベにできることはレイコに全てをうちあけた正直な手紙を書くことだった。 8月26日に直子は自殺し、葬儀の後でワタナベは行くあてもない旅を続けた。 1か月経って東京に戻ると、レイコから手紙が届いた。 レイコは8年過ごした療養所を出ることにしたという。 東京に着いたレイコを自宅に迎える。 彼女は直子の遺品の服を着ていた。 風呂屋から戻ると彼女はワインをすすり、煙草を吹かしながら直子の葬式をやり直そうと言い出した。 次から次へと知っている曲を弾いていった。 そして50曲目に2回目の「ノルウェイの森」を弾いた。 そのレイコとワタナベは性交をして、直子の葬式を終えた。 翌日、に向かうレイコを上野駅まで送った。 ワタナベは緑に電話をかけ、「世界中に君以外に求めるものは何もない、何もかもを君と二人で最初から始めたい」と言うのだった。 登場人物 [ ] ワタナベトオル 本作の主人公かつで、一人称は「僕」。 の高校を卒業後、の私立大学文学部演劇科に進学。 大学1年 - 2年は寮で生活。 高校生の時に恋人が居たが上京とともに別れる。 その後直子と恋人関係になるが、彼女が療養してから寂しさを補うように永沢とともに女の子と寝るようになる。 友人は少なく、高校大学でも数える程だった。 大学で卒業後は文筆業に従事している。 読書や映画を見ることが多く。 またレコード店やレストランでアルバイトをしている。 キズキ ワタナベの高校時代の同級生で唯一の親友。 ワタナベと直子を楽しませる座談の才能があった。 の125ccの赤いバイクに乗っている。 高校3年の5月、何の前触れもなく自宅のガレージで自殺した。 直子 キズキの幼なじみで恋人。 神戸にあるミッション系の女子高校卒業後、東京の武蔵野のはずれにある女子大学に進学。 キズキの死後はワタナベと会わなくなっていたが、中央線の車内で偶然再会し、交流を持つようになる。 そして誕生日の日に二人は結ばれる。 しばらくして、具体的な病名は記されていないが、精神的な病気により京都の療養所「阿美寮」で生活を送る。 療養所に入ってからもワタナベとの交流は続くが、後に自殺する。 緑 ワタナベと同じ大学で同じ授業(「論 II」)を受講している、活発な性格の女性。 最初にワタナベとの出会いの時は、坊主頭だった。 頭の固い恋人が居る。 フルネームは「小林緑」。 の小学校から、付近の私立の女子中学・高校に進む。 実家は書店を経営。 レイコ 阿美寮における直子の同室人の女性。 フルネームは「石田玲子」。 年齢は38歳。 かつてピアニストを目指していたが挫折し、3回にわたって精神病院に入院。 阿美寮には8年間入所しており、患者たちにピアノを教えている。 ギターも得意である。 横浜に別れた夫と長女がいる。 永沢 ワタナベが住む学生寮の上級生。 学籍は。 実家はで病院を経営。 のちにに入省。 寮では一目置かれた存在でワタナベを優遇してくれる。 独自の人生哲学を持っている。 ワタナベの印象を「出会った人の中で最もまともな人間」だと語る。 ワタナベを誘い二人でガールハントを行う。 ハツミ 永沢の恋人。 学籍は「とびきりのお嬢様が通う」東京の女子大。 はっと人目を引く美人ではないが、上品な装いに、理知的でユーモアがあり穏やかな人柄で、永沢をして「俺にはもったいない女」と言わしめる。 ビリヤードが得意。 その後、永沢とは別れて別の男性と結婚するが自殺する。 突撃隊 ワタナベが住む学生寮の同室人。 国立大学でを専攻しており、への就職を希望。 生真面目でゆえの数々のエピソードでワタナベや直子たちの心を和ませるが、予告もなく退寮する。 登場する文化・風俗 [ ] が1967年から1972年まで生産・販売していた。 キズキの親が所有していた車。 『』 の長編小説。 1925年に出版された。 村上春樹の翻訳書は2006年により刊行された。 「十八歳の歳の僕にとって最高の書物はの『ケンタウロス』だったが何度か読みかえすうちにそれは少しずつ最初の輝きを失って、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビイ』にベスト・ワンの地位をゆずりわたすことになった。 そして『グレート・ギャツビイ』はその後ずっと僕にとっては最高の小説でありつづけた」 と記されている。 ワタナベと同じ寮に住む永沢さんは「『グレート・ギャツビイ』を三回読む男なら俺と友だちになれそうだな」 と言い、ワタナベと友だちになる。 また、阿美寮でワタナベが「僕はジェイ・ギャツビイが対岸の小さな光を毎夜見守っていたのと同じように、その仄かな揺れる灯を長いあいだ見つめていた」と語る場面がある。 直子はワタナベに「ねえ、自分のこと普通の人間だという人間を信用しちゃいけないと書いていたのはあなたの大好きなスコット・フィッツジェラルドじゃなかったかしら? あの本、私あなたに借りて読んだのよ」と発言している。 直子が引用した言葉は2017年の最新作『』で再び引用される。 「」 の1964年の作品。 が歌ったバージョンも、マンシーニが「ヘンリー・マンシーニ・アンド・ヒズ・オーケストラ」名義で発表したバージョンも共にヒットした。 直子の大好きな曲として登場する。 ワタナベは直子へのクリスマス・プレゼントに「ディア・ハート」の入ったレコードを選び、レイコは直子の"お葬式"で同曲を最初に演奏している。 古代ののひとり。 ワタナベと緑が受講している「演劇史II」の授業で、エウリピデスの『エレクトラ』がテキストに使われている。 アメリカの映画俳優。 ワタナベは、緑と初めて出会ったときに「ねえ、あなたってなんだかハンフリー・ボガートみたいなしゃべり方するのね。 クールでタフで。 」と評されている。 『』 アメリカのヒーロー物のテレビ番組・ラジオ番組。 映画デビュー前のが助演していたことで知られる。 緑は高校時代の同級生の思い出話をする際、同番組を引き合いに持ち出し、「車は運転手つきで、その運転手たるや『グリーン・ホーネット』に出てくる運転手みたいに帽子かぶって白い手袋はめてるのよ。 なのにその子、自分のこと恥ずかしがってるのよ。 信じられないわ。 信じられる?」と発言している。 『』 が1963年に著した中編小説。 緑はワタナベに「『』もないし、『性的人間』もないし、『』もないの。 それが小林書店。 そんなもののいったいどこがうらやましいっていうのよ? あなたうらやましい?」と発言するシーンがある。 が1968年に設立した。 大学2年の秋の日曜日(1969年10月頃)、ワタナベは昼食に誘われ緑の家に行く。 緑はアップル・レコードのりんごのマークが大きく印刷されたネイビー・ブルーのTシャツを着て一心不乱に料理を作る。 『』 1967年公開のアメリカ映画。 日本では1968年6月に公開された。 ワタナベはその翌年新宿の二番館で『卒業』を見ており、「それほど面白い映画とも思えなかったけれど、他にやることもないので、そのままもう一度くりかえしてその映画を観た」とも述べている。 その後京都の高原のコーヒー・ハウスで再びこの映画の話題が出る。 ラジオからの「」が流れたとき、次のような会話がレイコとの間で交わされる。 「この映画観ましたよ」「誰が出てるの?」「」「その人知らないわねえ」 『』 の長編小説。 1951年に出版された。 村上春樹の翻訳書は2003年により刊行された。 レイコがワタナベと初めて会ったときに、「あなたって何かこう不思議なしゃべり方するわねえ」「あの『ライ麦畑』の男の子の真似してるわけじゃないわよね」といった人物評を彼に下している。 『』の語り手。 「もし話のつづき聞きたいんなら明日話してあげるわよ。 長い話だから一度には話せないのよ」と言うレイコに、ワタナベは「まるでシエラザードですね」と答えるシーンがある。 「」 (ピアノ)と(指揮)が1967年に録音したレコードについて、レイコは次のように語る。 「昔はこのレコードをすりきれるくらい聴いたわ。 本当にすりきれちゃったのよ。 隅から隅まで聴いたの。 なめつくすようにね」 が作詞し、が作曲したの曲。 主な収録アルバムに、の『想いあふれて』(1959年)、とチャーリー・バードの『ジャズ・サンバ』(1962年)、スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトの『』(1964年)などがある。 レイコは「デサフィナード」の演奏を、それぞれ阿美寮とワタナベの吉祥寺の下宿で披露している。 DUG 1967年、新宿の裏にオープンしたジャズ喫茶。 ワタナベと緑が入る店として数回登場する。 「まぼろしの世界」 アメリカのロックバンド、が1967年に発表した曲。 原題は ""。 緑の「の歌にたしかそういうのあったわよね」という言葉を受けて、ワタナベは「まぼろしの世界」の歌詞(People are strange when you are a stranger)を引用する。 アメリカのジャズピアニスト。 モンクの弾く「ハニサックル・ローズ()」が「DUG」でかかる。 フランスのピアニスト(1899年 - 1972年)。 ワタナベはアルバイト先で知り合った伊東という学生のアパートで、ロベール・カサドシュの弾くのピアノ・コンチェルトを聴く。 なお、カサドシュは『』にも登場する。 「ハードボイルド・ワンダーランド」の章で語り手の「私」は次のように叙述する。 「ベッドに寝転んで、ロベール・カサドシュがモーツァルトのコンチェルトを弾いた古いレコードを聴いた。 モーツァルトの音楽は古い録音で聴いた方がよく心になじむような気がする。 でももちろんそういうのも偏見かもしれない」 出身の劇作家。 1970年4月の水曜日、ワタナベと緑は「テネシー・ウィリアムズの戯曲についての総論・そのアメリカ文学における位置」という講義を聴く。 「」 アメリカの、 が1966年に発表したデビュー・シングル。 1969年、がカバーし、ビルボードチャートの1位を記録した。 本書では「ウェディング・ベル・ブルーズ」はの作品となっているが、誤りである。 は「わが近代文学の作品で、男女の性器と性交の尖端のところで器官愛の不可能と情愛の濃密さの矛盾として、愛の不可能の物語が作られたのは、この作品がはじめてではないかとおもわれる。 (中略)性器をいじることにまつわる若い男女の性愛の姿を、これだけ抒情的に、これだけ愛情をこめて、またこれだけあからさまに描写することで、一個の青春小説が描かれたことは、かつてわたしたちの文学にはなかった。 」と述べている。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 『版画』について、村上はエッセイの中でこう述べている。 「僕は高校生のときに というピアニストのレコードでこの曲をよく聴いていた。 何度も何度も何度も、レコードがぼろぼろになるまで繰り返し聴いて、隅々まで記憶した」• 現在のワタナベが文筆業を営んでいるのは以下の記述から分かる。 「僕はある画家をインタヴューするためにニュー・メキシコ州サンタ・フェの町に来ていて、(中略)奇蹟のように美しい夕陽を眺めていた」• 『』の語り手は雨田政彦に言う。 「私は普通の人間ですと自己申告するような人間を信用してはいけないと、スコット・フィッツジェラルドがどこかの小説に書いていた」• 村上は2014年に「」というタイトルの短編小説を発表した。 村上朝日堂ホームページで読者からの手紙に対し村上はこう答えている。 「お気の毒ですが、失われた時は二度と戻りません。 この世界にある美しいもののほとんどは、記憶の世界の中に存在しています。 ブラームスの2番のピアノ協奏曲もためしてみてください。 とくにチェロの独奏で始まる3楽章は素敵です。 僕はあの部分を聴くと、いつも何十年も前の夏の夜を思い出します」• 『』は『』でカフカ少年が聴くレコードの一つとして登場する。 のエッセイ集『愛の見切り発車』(、1997年7月)に収められた「特別付録 私のロックンロール・オールタイム・トップテン」において、村上はドアーズの「まぼろしの世界」を10曲のうちの1曲に選んでいる。 2014年9月、村上はアンソロジー『』()を翻訳出版した。 の映画演劇科に入学した村上は、最初の講義の一つにテネシー・ウィリアムズの戯曲を英語で読む講座を選んだという。 村上はエッセイの中で、「でもこの先生がいささか変わった人で、講義をしながらほとんど初めから終わりまでテネシー・ウィリアムズの悪口を並べ立てていた。 ¥」「おかげさまで僕は好きな作家を一人減らすことができた。 どうもありがとうさん。 」、「その遥か昔のテネシー・ウィリアムズの講義のことを思い出すたびに、『やはり人の悪口だけは書くまい』とつくづく思う」、「これは早稲田大学文学部が僕に与えてくれた数少ない生きた教訓のひとつである」と記述している• 村上朝日堂ホームページで「コードネームをいただけないか」という読者に対し村上は次のように返信をした。 「あなたのコードネームは『』にします。 僕がいちばん好きなの歌です」• イタリア語版の『ノルウェイの森』を読んだという読者からのメールに対し、村上は次のような返信をしている(1998年8月)。 「当地では『ノルウェイの森』が『トーキョー・ブルース』という脳天気なタイトルで売られているので、この前契約更改の際に原題に戻してくれと申し入れたのですが、『いやだ』という返事が返ってきました。 困ったもんです。 もうなんでもいいや、という気がしなくもないですが」 出典 [ ]• 『』「めくらやなぎと、眠る女」〈めくらやなぎのためのイントロダクション〉、文藝春秋、1996年• 『村上春樹全作品 1979〜1989』第6巻、付録「自作を語る」。 『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』 、訳、2006年9月30日、180-181頁。 『』、1990年6月、28-30頁。 『遠い太鼓』前掲書、67頁。 『遠い太鼓』前掲書、141頁。 『』、2015年9月10日、164頁。 『遠い太鼓』前掲書、162頁。 『遠い太鼓』前掲書、209-210頁。 『』、102頁。 村上春樹『「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか? 』朝日新聞社、2000年8月。 2009年6月2日時点のよりアーカイブ。 2008年9月18日閲覧。 - 読売新聞 2008年7月31日• 2009年8月5日. 2009年5月18日時点のよりアーカイブ。 2008年9月18日閲覧。 - 読売新聞 2004年11月22日• 『遠い太鼓』前掲書、353頁。 『』朝日新聞社、1998年7月、読者&村上春樹フォーラム93(1997年10月27日〜10月30日)。 本書、下巻、講談社文庫、旧版、119頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版• 本書、上巻、講談社文庫、旧版、46頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、58頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、59頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、208頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、203-204頁。 『 第2部 遷ろうメタファー編』 新潮社、2017年2月24日、276頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、68-69頁。 本書、下巻、講談社文庫、旧版、253頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、92頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、97頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、114頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、115頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、124-125頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、151頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、254頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、184頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、228頁。 本書、上巻、講談社文庫、旧版、269頁。 『』下巻、、48-49頁。 本書、下巻、講談社文庫、旧版、32頁、238頁。 本書、下巻、講談社文庫、旧版、42頁、135頁。 本書、下巻、講談社文庫、旧版、44頁。 本書、下巻、講談社文庫、旧版、47頁。 本書、下巻、講談社文庫、旧版、196頁。 『』上巻、新潮文庫、旧版、152頁。 『』新潮文庫、83-87頁。 本書、下巻、講談社文庫、旧版、194頁。 本書、下巻、講談社文庫、旧版、255頁。 ウイグル語版は、訳の漢語版からの重訳。 ALL REVIEWS.

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正しい読み方というのも怪しいものだけど、自分なりの正しい読み方を説明してみたいと思う。 (ちなみに映画は駄作でお話にならなかった。 映像は綺麗だったが、直子の配役とか致命的) 多くの人がこの小説の内容を理解できないという感想やコメントは良く目にするし、実際に理解できないという人と話したこともある。 普段、僕がそうした人に説明することは何もない。 何人かのブログなどでの感想で「この本が好き」と書いている人の意見も読んで見たが、正しい読み方をしていると感じられるものは皆無に近い。 ただ、感覚的に好きとか全部読めたという程度にしか思えない。 まあ、正しいかどうかなんてどうでもいいし、個人の読み方に正解も不正解もないというのが小説を読む楽しさでもあるけれど、それは承知の上で書いてみます。 そうなんだ、彼らのような読み手には、幸運にも「」を理解できるために必要な人生の暗部のような経験が発生していない。 この小説には、『共感性』に欠かせない条件がいくつかあり、その条件を体験しているもの程、強烈な『共感性』を持つことになる。 その条件を持つ少数派だけがこの小説を正しく読むことができる。 ちなみに僕は30才頃にこの小説をはじめて読んだ。 僕としては適齢期にこの本を読んだのだと思う。 僕は、今ではもう既にこの小説の主人公「僕」の年齢37歳を越えている。 そうするとなおさら感じ方も俯瞰的になる。 もし、僕が中学生などの人生での体験を肌で感じていない時期にこの小説を読んでも、たぶんというか当然何も感じ取ることはできなかったと思う。 なお、僕はまったくファンでもアンチでもない。 デビュー作の「」を「」の後に読んだだけ。 もっと読みたい本が別にあるので、将来の他の作品を読む可能性は不透明。 「世界の終りと~」・「ねじまき鳥~」・「」などは読み続けるのが面倒と感じたり、初期三部作もそれなりに…といった感じでした。 他の作品が合わずに「」だけ特別に好きという僕のような読者は少数派かも……。 ) 小説内に比較的目立つsexの記述については、僕はエロとは無関係に感じている。 肉体的な触れ合い、「感情の度合い」の強化を表現しているように思う。 小説内でのsexは、男女の「感情の度合い」の高まりや上昇を具体的に表現する装置に過ぎないと感じる。 主人公とレイコさんがsexするのも二人の信頼感の高まりや出会うことが今後ないであろう喪失感などを表現しているに過ぎない。 現実世界でも、人間的な好意を本当に抱いた女性とは、付き合うとかそんなことは別にして、気持ちの奥底に横たわる相手への好意からSEXしたくなることくらいあると思う。 だから僕は、この小説におけるエロ場面に不自然性は感じない。 「」では、「感情的な度合い」の高まりを具体的に表現するsexとは対照的な、「虚無な」のsexも表現されている。 この小説内に表現されているようなsexは、僕の知る限り現実に実在している。 「」は恋愛小説として売り出されているが、そんなものではない。 恋愛小説などではない。 この小説は『死・自殺・生・人生・運命』について書かれている。 ある種の人生イベントの有無。 1 若い時期に、近親者・同級生に自殺者が存在している 2 死(極めて身近な範囲の)と、若い時期に深くしている 3 恋人や友人やその他の近しい存在に重度のがいる・彼らの存在が消えている 4 周囲で発生した自殺の数が多い 5 読者自身がもしくは近似した感覚を有している 6 身内の介護に取り組んだことがあり、糞尿等の介助実体験がある 7 職業として日常的に者の対応をしており、その生活を間近に見ている 8 性について虚無感を抱いており、ゲーム性をもって性交を積み重ねたことがある 9 学生時代に、に住んだことがある 10人生放棄に近い状態で、全国を野宿旅などで放浪したことがある 条件9や条件10は正直どうでもいいが、 とりあえず、上記の条件1・条件2・条件3の体験は必須だと思う。 それがあれば、この小説は正しく読める。 これらに該当する体験が皆無ならば、この小説を正しく読みこなすことは不可能で、『共感性』を抱くことはまったくできないと思う。 よく意味の分からない小説になると思う。 この小説を読む以前に『死の周辺』に関する体験がない人は、「やれエロ小説だ、やれ意味不明だ」という感想になるのも致し方ない。 個人的には条件1から10まですべてに該当している。 これらの条件に該当すればする程、「」という作品の見え方は、遥かにリアルのものになる。 この小説は リアリズム小説に位置づけられる作品のようだが、作品においては、リアリズム作品は特殊らしい。 僕は、この小説を読んだときには、稀にしかない「まるで僕ために書かれた小説のようだ、 そしてこんな文章やコトバを選択できる作者はこれらを実体験したのだろうか、自伝ではないのか、作者もこの類の苦しみを実体験として知っているのではないか」という思いに包まれた。 僕は日常生活において他人に、過去の既に発生した『人生の暗部』を口に出すことはない。 胸の奥に隠しているに過ぎない。 自殺した家族、17歳で自殺したライバルだった中学校同級生(この同級生が選択した「自殺という現実世界との別れ方」の後、数年で10人程の中学校同級生が連鎖自殺していった)、あるいは残酷な精神病の発症で人生から消えていった友人のこと、事故に巻き込まれて死亡した僕の子供。 そうした諸々は誰かに話したところで、暗さが漂うだけだから基本的に無意味。 これらのすべては、胸の奥に沈ませておくだけのもの。 「」という小説は、僕のこうした胸の奥に沈ませている感情に強く響いた。 この小説には、文脈のひとつひとつ、文章の表現ひとつひとつに胸に刺さるようなコトバが見つかる。 「胸に刺さる文章・表現・コトバ・セリフのひとつひとつに『共感性』を抱きながら物語の世界に惹き込まれていく読み方」が「」の正しい読み方だと僕は個人的に思っている。 要するに、「人生の暗部」ともいうべき出来事が既に自分の人生の今までの過程において周囲で発生しており、内面深くにそういった既に起きてしまった出来事を包み隠している人たちほど、理解できるのがこの小説だと僕は思う。 「意味が分からない、これはエロ小説だ」と漏らす読者とは、読み方がまったく違っている。 断っておくが、この小説は自殺中心の物語だ。 周囲には別な形の死(病死)が散りばめられている。 その物語を主人公の僕が寄り道しながら進んでいく。 恋愛小説なんかじゃない。 恋愛は物語を彩りよく進めるための小舟に過ぎない。 上記記事から一部抜粋。 ) この話は基本的に (うまい訳語を持たない。 戦闘員の減損とでも言うのか)についての話なのだ。 それは僕のまわりで死んでいった、あるいは失われていったすくなからざるについての話であり、あるいは僕自身の中で死んで失われていったすくなからざるについての話である。 僕がここで本当に描きたかったのは恋愛の姿ではなく、むしろの姿であり、そののあとに残って存続していかなければならない人々の、あるいは物事の姿である。 成長というのはまさにそういうことなのだ。 それは人々が孤独に戦い、傷つき、失われ、失い、 そしてにもかかわらず生き延びていくことなのだ。 この文章によれば、が『』を恋愛小説として描いていないことが明確になる。 恋愛小説という謳い文句は商業的な宣伝文句に過ぎない。 のまわりで死んでいった、あるいは失われていった少なくない過去の人々の存在がこの文章からはうかがえる。 実のところ、僕自身の家系に自殺家系的要素があるから複雑な気持ちでこういった描写を読み込む。 こうした自殺家系の描写は、の「」やの「太郎物語」にも見られたような気がする。 緑の母親は癌と脳腫瘍で苦しんだ末に死んだ。 緑の父親も2年後に皮肉にも母親と同じ脳腫瘍で死んでいく、 死の連続だ。 要するに、彼女は大学在学中に両親を喪失する。 それも介護や病院での世話という現実的に面倒で悲惨な苦しみ方を見ながら両親を喪失する。 (昔はとかはあまり注射しなかった。 僕の祖母も。 苦痛に耐えながら死んでいった。 )そして、人生を姉と二人で生きて行く。 そこに主人公「僕」が絡んでくる。 そんなの人間関係とも呼べないでしょう?」 「うまくしゃべることができないの」 「私のことを覚えていてほしいの。 私が存在し、こうしてあなたのとなりにいたことをずっと覚えていてくれる?」 「結論から書きます。 大学をとりあえず一年間休学することにしました。 とりあえずとは言っても、もう一度大学に戻ることはおそらくないのではないかと思います。 休学というのはあくまで手続き上のことです。 」 「だって私は永遠に回復なんかしないかもしれないのよ。 それでもあなたは私を待つの?十年も二十年も私を待つことができるの?」 「あなたの人生の邪魔をしたくないの。 大事なのはウンコをかたづけるかかたづけないかなのよ」 「暴れたの。 私にコップを投げつけてね、馬鹿野郎、お前なんか死んじまえって言ったの。 この病気ってときどきそういうことがあるの。 どうしてだかわからないけれど、ある時点でものすごく意地わるくなるの」 「あれ最悪の死に方よね。 本人も辛いし、まわりも大変だし。 おかげでうちなんてお金なくなっちゃったわよ」 「それから私に何してもかまわないけれど、傷つけることだけはやめてね。 私これまでの人生で十分に傷ついてきたし、これ以上傷つきたくないの。 読書家だったが、死後三十年を経ていない作家の本は原則として手にとろうとはしなかった。 そういう本しか俺は信用しない、と彼は言った。 「俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費やしたくないんだ。 人生は短かい」 この男はこの男なりの地獄を抱えて生きているのだ。 「七十五人くらいじゃないかな」と彼はちょっと考えてからいった。 「よく覚えていないけど七十はいってるよ」と。 僕が一人としか寝てないと言うと、そんなんの簡単だよ、お前、と彼は言った。 永沢さんはその圧倒的な才能をゲームでもやるみたいにあたりにばらまいていた。 だいたい彼は前にいる女の子たちと本気で寝たがっているというわけではないのだ。 彼にとってそれはただのゲームにすぎないのだ。 ひとつ忠告していいかな、俺から 自分に同情するな、自分に同情するのは下劣な人間のやることだ。 「どうしてですか?」と僕は訊いた。 「面倒臭いからよ。 きまってんじゃない」 「あんなに苦労して、いろんなものをちょっとずつちょっとずつ積み上げていったのにね。 崩れるときって、本当にあっという間なのよ。 私自身の中にあったいちばん大事なものはもうとっくの昔に死んでしまっていて、私はただその記憶に従って行動しているにすぎないのよ」 「これから二人で直子のお葬式をするのよ」「淋しくないやつを」 レイコさんはに移り、「」を弾き、「イタディ」を弾き、「ミシェル」を弾き・・ 「この人たちはたしかに人生の哀しみとか優しさとかいうものをよく知っているわね」 「このお葬式のことだけを覚えていなさい。 」 「」は本来、どう考えてもベストセラーになるような類の本ではない。 この本は、ひっそりと静かに読まれるような類の本なのだと思う。 だけど、優れた領域の名作と言えるのは間違いない。 癒される部分もある、緑の存在、緑の父親との主人公「僕」の病室でのキュウリを交えた交流、レイコさんの立ち直り、再生の物語としてしているところがこの小説の救いだと思う。 主人公の「僕」や「緑」は身近な死を受け入れて現実を生きていき、「レイコさん」は病で失った全てをあきらめつつ、崩壊した人生の積み木を一個一個積み重ねるように生活を修復させて、現実社会に一歩踏み出していった。 多くを喪失した にもかかわらず、生き続けなければいけない人々は存在する。 この小説は、究極的には、喪失から「再生」へと一歩踏み出していく過程を描いた物語である。 theworld7dio.

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NORWEGIAN WOOD(THIS BIRD HAS FLOWN) THE BEATLES 歌詞情報

ノルウェイ の 森 歌詞

「ノルウェイの森」という言葉が意味するものと、その結末 燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、村上春樹『ノルウェイの森』と通底する部分が多く、その系譜の小説として読める。 しかし、結末において両作のベクトルは真逆に触れる。 (ここから先の部分は、『ノルウェイの森』と『ボクたちはみんな大人になれなかった』両方の作品に関するネタバレを含みます。 後者は少しぼかしますが、前者では盛大にネタバレします。 しかしどちらの作品も、ネタバレしたところでほとんどダメージを受けることのないほど優れた小説です) 『ノルウェイの森』ではラストシーンで、長い旅から帰って来た主人公の「僕(ワタナベ)」が、この世界で生きていくために、電話ボックスから緑(ミドリ)に電話をかける。 そして「君とどうしても話がしたいんだ。 話すことがいっぱいある。 話さなくちゃいけないことがいっぱいある。 世界中に君以外に求めるものは何もない。 君と会って話したい。 何もかもを君と二人で最初から始めたい」と伝える。 緑はしばらく黙ったあと、「あなた、今どこにいるの?」と聞く。 その後に続く部分を引用する。 僕は今どこにいるのだ? 僕は受話器を持ったまま顔を上げ、電話ボックスのまわりをぐるりと見まわしてみた。 僕は今どこにいるのだ? でもそこがどこなのか僕にはわからなかった。 見当もつかなかった。 いったい、ここはどこなんだ? 僕の目にうつるのはいずこへともなく歩きすぎていく無数の人々の姿だけだった。 僕はどこでもない場所のまん中から緑を呼びつづけていた。 (村上春樹『ノルウェイの森(下)』p293、講談社文庫) これが『ノルウェイの森』の結末なのだが、読んですっきりしない人もいるかもしれない。 えっ、これで終わり? 「僕は今どこにいるのだ?」って、いったいどういうこと? 何を意味しているの? 実はこの結末は、「僕」が「どこでもない場所=ノルウェイの森」から抜け出せなくなってしまったことを意味している。 知っている人も多いかもしれないが、『ノルウェイの森』というタイトルは、ビートルズの楽曲『ノルウェーの森』から来ている。 この曲については様々な解釈があるので、これから書くことはそうした多くの解釈のうちのひとつとして読んでもらいたいのだが、この曲、まず原題を『Norwegian Wood This Bird Has Flown 』という。 これを「ノルウェーの森」と訳したわけだ。 (映画『ノルウェイの森』予告。 ここで流れているのがビートルズ『ノルウェーの森』) しかし、これが誤訳だったという話がある。 「ノルウェーの森」ではなく、「ノルウェー産の材木(もしくはそれによってできた家具)」のことだと。 確かに、歌詞を見てみると、この部分を「ノルウェーの森」と訳してしまうと意味がわからなくなる。 該当部分の歌詞をざっくりと説明(やや乱暴だが)するとこうなる。 「かつて、親しくなった女の子がいた。 彼女は部屋を見せてくれた。 ノルウェーの木材でできた素敵な部屋だった(もしくは、ノルウェイ製の素敵な家具があった)」(筆者訳) 小説『ノルウェイの森』は、この歌詞と誤訳のエピソードをうまく取り入れた。 「ノルウェイの森」とは、この世に存在しない架空の森、あるいは形而上的な(目には見えない精神的・理念的な)森のことなのだ。 物語冒頭で、ルフトハンザ機に乗った37歳の「僕」は、ビートルズの『ノルウェイの森』を耳にすると、「いつものように」混乱し、「激しく動揺」する。 そうして18年前の出来事を回想する形で小説が始まる。 物語の終わりでは、「今僕はどこにいるんだ?」と思いながら「どこでもない場所」で女の名前を呼び続ける。 37歳の「僕」は、なぜ18年前の出来事を思い出して「いつものように」混乱し「激しく動揺」するのか? それがこの小説のテーマだ。 一言で言ってしまうとチープに聞こえるが、筆者の考えでは、「失ってしまったものは二度と戻らない。 そして人生には、一度迷い込んでしまうと二度と戻ってくることはできない森のようなものがある」ということだ。 小説『ノルウェイの森』においては、18年前で主人公の時間は止まってしまった。 傷は、癒されることがない。 それでもなお「僕」はその後の人生を生き続けなければならない。 決定的に重要な何かを失い、喪失をある程度受け入れつつ、忘れられない/忘れてはいけないものを抱え、「ノルウェイの森」の中でさまよいながら。 『ノルウェイの森』から遠くはなれて 対して、燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、これとは真逆の着地を迎える。 『ノルウェイの森』が人生のある時期に迷い込んだ森から永遠に戻って来られない男の話であるのに対して、燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、言ってみれば、ノルウェイの森から卒業するような話なのだ。 小説冒頭、不可抗力でかつての恋人へ友達リクエストを送信してしまった「ボク」。 彼もまた、ノルウェイの森に迷い込んでしまった人間である。 「今でも時おり彼女のことを思い出すことがあった(p12)」と、まるでたまに思い出す昔の女みたいに控えめなトーンではじめは書かれるが、「ボク」にとって「彼女」がどれほど大きな存在だったかは、この小説を読めば明らかだ。 そもそもタイトルからしてそう。 「大人になれなかった」という。 大人になれなかったのは、ある時から「ボク」の人生も部分的に時間が止まってしまったからだ。 ある時とは、1999年の夏。 この時「彼女」がいなくなってしまってから。 語り手の現在の自制はほぼ現実の今と同じだから、『ノルウェイの森』の「僕」が18年前の出来事を思い出すのとほぼ同じく、17年前のことを思い出していることになる(こうした偶然の一致も、『ノルウェイの森』と『ボクたちはみんな大人になれなかった』を並べて語りたくさせる要因なのかもしれない)。 しかし、『ノルウェイの森』の主人公が18年間(そしてこの先もずっと)前に進むことができなかったのに対して、『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、ラスト数行できっちりと過去に別れを告げる。 少なくとも、主人公は過去に別れを告げようとする。 もっともシンプルでもっとも美しい五文字と四文字の言葉を発して、まっすぐ前を向く。 20年近い年月を経て本当の「チェックアウト」の時間を告げる電話が鳴り(電話が鳴るラストも『ノルウェイの森』とシンクロしている)、「ボク」はついに自分の手で人生を前に進める。 30年前に書かれた『ノルウェイの森』の「僕」は、すべてにおいて受け身だった。 何もかもが向こうからやって来て、「僕」はその流れに逆らうことができなかった。 村上春樹風に言えば、それは好むと好まざるにかかわらず、そういう種類のものなのだ。 やれやれ。 しかし、『ボクたちはみんな大人になれなかった』の「ボク」は、「僕(ワタナベ)」あるいは村上春樹の主人公たちがどうしても踏み出せなかった一歩を最後に踏んで、物語を終える。 その着地点は『ノルウェイの森』のはるか遠くにある。 よく、村上春樹の作風の変化を説明する際に「デタッチメントからコミットメントへ」という言葉が使われるが、『ノルウェイの森』がデタッチメント恋愛小説だとするならば、『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、コミットメント恋愛小説だと言うことができるかもしれない。 こうして「100パーセントの恋愛小説」は30年の時を経て、その最良の部分をいくつか継承しつつ、『ボクたちはみんな大人になれなかった』へと更新される。

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