マリナ イスマイール ラスト。 【ガンダム】マリナ・イスマイール 決して交わることのない刹那との軌跡、最後は...【ガンダマースピリッツ】

[B! ガンダム] マリナ・イスマイールの生活感ある画像

マリナ イスマイール ラスト

ネタバレあり! 結果的に言えば・・・マリナですね。 ですが、すぐにではなく・・・なんと西暦2368年 ちょっと年は曖昧。 2360年代は確実 に結ばれます。 半世紀以上経っているので、マリナ姫はおばあちゃんになって目がほとんど見えなくなっています。 人気の知れぬところで隠居生活 対する刹那は、最後に地球外変移性金属体、ELSとわかりあうために、ELSの母星にクアンタでワープし この後はマリナと再会するまで出番がないので何があったのかは不明 、半世紀を経てマリナの前にあらわれますが、全身が金属化していました。 恐らくELSとわかりあったため ちなみに容姿は金属なったため、もしくはイノベイターなので昔のまま イノベイターは常人の二倍の寿命があるという設定が映画で追加、最終的には人類の四割がイノベイター化・・・あの池田さんもイノベイターに・・・ そして刹那とマリナが抱き合って、最後に全身に花が咲き誇るクアンタ最終形態 勝手に命名 が映って終了となります。 やっぱりヒロインはマリナでしたが、劇中では最初にマリナの乗る船を刹那が助けた程度で殆ど絡みはありませんでした。 むしろフェルトの方が「彼 刹那 のことを想ってあげて。 」とスメラギに言われたり、こっちがヒロインなんじゃね?といった感じでした。 言い忘れましたが、肝心のELSは、刹那とわかりあえたおかげで人類への攻撃活動を停止し、TVシリーズ最終決戦直前にフェルトが刹那に渡した中東に咲く花 ただし全部集まったため超巨大 に変化しました.

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マリナ・イスマイール

マリナ イスマイール ラスト

概要 [ ] 「」のヒロインで、の第一皇女。 アザディスタンの王制復活に伴い、旧王室の血縁者であることから皇女に選ばれた。 自国が貧困とテロで苦しんでいるため、様々な国に支援を求めて世界各地を飛び回っている。 太陽光発電の電力受給権を獲得し、経済を立て直そうと考えている。 側近のシーリンは学生時代からの友人でもある。 刹那とは外交で訪れたイギリスで出会った。 彼に戦いを止めさせたいと考えている。 後に刹那からの手紙で、「戦いは恥じるべき行為であると共に、戦いでしか世界を変えることができない」という刹那の想いを知り、涙を流した。 地球連邦設立後は過去にとの関係を持ったことで疑われ拘束されるが、その事実を知った刹那によってアレルヤ救出作戦の折に一緒に救出される(拘束はリボンズの差し金だった)。 アザディスタンに戻ろうとするもののリボンズの命を受けたサーシェスによって王国は壊滅、連邦の管理下に置かれてしまう。 に身を寄せるが一貫して戦闘行為は拒否を貫く。 子ども達との交流の中自分にできることを模索し続ける。 子どもたちとの歌声は一時は刹那さえ戦闘を止めるほどであった。 その後の再会で刹那と互いの過去を吐露し合い、彼が戦争を憎み、戦い続ける理由を知り、さらに絆を深める。 最終的にはアザディスタンに戻り復興に尽力、対話によって世界の平和を維持する道を模索し続ける。 刹那には「自分の幸せを探して欲しい」と手紙に綴ったが、考えようによってはマリナも自分の幸せを放棄して「アザディスタン皇女」としての立場を貫いているとも言える。 劇場版では公務で宇宙に来ていた際にトラブルに遭遇するも、ソレスタルビーイングによって事なきを得る。 エピローグでは政治家として職を全うし、隠居している様子が描かれている。 小説版によると一人の子の母となるより、国民の母となる事を選びアザディスタンに尽くしたらしい。 現代の聖母と呼ばれるほどであったとか。 二期劇中で「普通の家庭で育ち、音楽の道に進もうとしていたが、血筋のせいで皇女に選ばれた」と発言している。 ここでの普通とはおそらく権力とは無縁という意味であると思われ、紛争などで国の情勢が苦しかった当時でも大学に通えていることから経済的には裕福な家庭だったと思われる。 マリナ役の恒松あゆみ氏は刹那の母の声も演じているが、小説版で明かされた設定を見る限り、意図的なものと思われる。 小説版では母の声と酷似した女性であるマリナに対して刹那が安らぎを覚えたり、子供達と接するマリナに母の面影を見る場面がある。 また監督は声優に恒松氏を起用したことについて、「声に気品と優しさがあって、それに不幸が見えた」「声のトーンそのものから不幸を受容している雰囲気が必要だった」と発言している。 OP映像について [ ] 1stシーズン第一期OPでは「 マリナが真っ逆さまに落下して花のイメージに変わる(しかも刹那がそれを掴みきれない)」「 刹那の目の前でマリナに酷似した女性がエクシアに宿る(あくまでエクシアのイメージであってマリナではないらしい。 おまけにこの時の歌詞が「明日へ立ち向かう貴方を守りたまえ」)」等、マリナの死を連想させる描写が多々なされていたが、それらのフラグを全てへし折ってしまった。 総じてOPテーマの扱いだけは良い印象である気がしないでもない。 なお、本作のOPにおいて刹那とマリナが同時に登場した際は大抵「手を繋ごうとする」描写がなされるが、この描写はOPが変わるごとに刹那とマリナの関係が進展していることを暗示しているようにも見える(1st第一期OP:「刹那が落ちて行くマリナを掴もうとするが失敗」、2nd第一期OP:「刹那とマリナが手を繋ぎ合おうとするが掴みきれない」、2nd第二期OP:「刹那がマリナのものらしき手と繋ぎ合う」)。 色々な考察があるが、この「手を繋ぐ」ことは「分かり合う」人と人の描写であり、「お互いが手を差し伸べているのに繋ぐことができない」という表現は「お互いが分かり合おうとしているのに分かり合えない」という意図が見られるという。 特に2nd第一期OPでの「手をつかめなかった刹那がガンダムとなり、剣を取る」箇所は、分かり合うことの必要性を理解しながらも、武器を取るというイオリア計画の一端を表現したものと言われている。 登場作品と役柄 [ ] ヒロイン。 物語ではなく、主人公の人間性により深く関与するタイプだと言える。 二期分割方式になった影響で、出番が減ったと監督が発言している。 皇女としての役目をこなし、中東の安定に尽力している。 衝撃的なエピローグは話題を呼んだ。 人間関係 [ ] かつて自国が滅ぼしたクルジスの少年兵。 自らが批判するCBのガンダムマイスターでもあるが、平和への道を目指す同志でもあり、何かと心を砕いている。 全く違う方法で全く同じ目的を果たそうとした二人は、劇場版のエピローグでついにお互いを理解した。 そういう意味ではマリナもまたガンダム00の主人公ともいえる。 侍女兼アドバイザー。 友人でもあり幼馴染でもある。 1stのエピローグで決別するが、2ndではカタロンに保護された際に再会する。 マリナの非暴力主義を批判していたが、後にマリナの戦いを理解してからは影から支える存在となる。 政治的に対立する立場にあるが、個人的には親しい人物。 皇女になる前から何かと世話になっていたという。 カタロン第三支部長。 偶然合流したマリナを終戦まで保護した。 カタロンの子供達 戦災孤児や難民であり、カタロンに保護されている。 アザディスタンが復興後にはマリナに引き取られた。 劇場版のラストシーンには成人した彼等とマリナの写真が飾られているシーンがある。 名台詞 [ ] 1stシーズン [ ] 「私、マリナ・イスマイール」 刹那と初めて会った時の自己紹介。 「そんな……笑えない冗談だわ」 刹那に正体を明かされた際の台詞。 刹那がCBメンバーであることも問題だが、アザディスタンにガンダムが来るとなれば本人は二重に笑えない。 「刹那のじゃない…」 TV放送されるトリニティ対部隊の映像を見て。 多くの視聴者は「問題はそこかよ!」と突っ込んだことだろう。 「だからね…もう、戦わなくてもいいのよ」 「いいのよ、ソラン…」 刹那が見た夢の中での台詞。 この言葉に、刹那は夢とはいえ手にした銃を落としてしまう。 また、この一連の描写は夢とは言え、マリナが刹那を「ソラン」と呼ぶ数少ない場面である。 ここでマリナが「ソラン」と呼んだのは、刹那が母親と声が酷似したマリナにそう呼んで欲しかったためと考えられる。 2ndシーズン [ ] 「あなたが…泣かないからよ」 4年ぶりに再会した刹那が未だに戦いを続けている事に涙を流して。 「違います」 ミレイナに「お二人は恋人なのですか?」と尋ねられて即答で全力否定。 しかも刹那の「違う」とハモっている。 「刹那、私と一緒に来ない?アザディスタンに」 アザディスタンを争いのない国にしたいと戻る決意を固め、さらに刹那を戦いから引き離してあげたいと考えて刹那を誘うが、 逆プロポーズも同然の発言である。 刹那は「戦うことしかできない」と断ったが実は本気で心が揺れ動いていた…というのは本人だけの秘密である。 ちなみに、スペシャルエディションIIではこのシーンはカットされている。 「無理していたのかしら…でも、あなたも同じに見えるわ。 無理をして、戦っている」 刹那に「皇女よりも音楽家が似合っている」と言われて。 ここまで刹那の心情を理解していたのはマリナくらいであろう。 「平和を求める気持ちは私も貴方も同じなのに。 分かり合っているのに…」 「どうして、私と貴方の道は交わらないのでしょうか?」 「貴方は武力を行使して世界から争いをなくそうとしている…。 もしそれが実現できたとしても、貴方の幸せはどこにあるのでしょう?」 「罪を背負い、傷ついて、それでも戦い続ける…。 そんな貴方の生き方がどうしようもなく悲しく思えるのです」 「自分の中にある幸せを他者と共有し、その輪を広げていく事が本当の平和に繋がると私は考えています」 「だからどうか貴方も、貴方の幸せを掴んでください」 「刹那、貴方に幸せが訪れる事を、私は祈っています」 最終話にて、刹那に宛てた手紙(ただし小説版によると書いただけで送っていない)。 マリナのこの願いも虚しく、刹那は自らの幸せを放棄してソレスタルビーイングとして戦う道を選び、マリナもまた自らの幸せを放棄する形でアザディスタン皇女として平和を広げる戦いを続けるのだが…。 劇場版 [ ] 「あなたに事情があるのはわかっているつもりです。 だからこそ、お互いに理解を深め、最善の道を探したいのです……」 「争うことではなく、話し合うこと、わかりあうことで……」 「あなたも、間違ってはいなかった……」 エピローグにて。 00のテーマ「対話による相互理解」の一つの答えと言えるだろう。 他媒体 [ ] 「……彼の瞳……」 「……あの瞳を信じたい……」 「……いいえ、信じるわ……」 小説版にてソレスタルビーイングがラサーの救出を伝えた際にシーリンに罠の可能性を指摘された際の台詞。 「あ、あなたは。 どうしてそんなにまでして。 戦うの?あなたの行いは間違っている。 それでも。 あなたは戦うのね」 1stシーズン小説版第一巻におけるマリナの心情が描かれた地の文。 ある意味で刹那の本質を表した発言である。 「あなたはどうしてる?」 「僕はね、元気だよ」 マリナが歌う挿入歌『TOMORROW』の歌詞における最後の一節。 マリナが子供達と共に歌を作ったという設定上、この部分はマリナの刹那に対する偽らざる想いが込められているのだろう。 他にも『TOMORROW』の歌詞の中では「 失くす事が拾うためなら、別れるのは出会うため」という刹那とマリナの関係を示唆した部分がある。 搭乗機体・関連機体 [ ] 救出時に同乗している。 余談 [ ]• 初期の設定では実は19歳(一期時点)だった。 高河ゆん氏によるその頃の設定画では、ややツリ目気味でTV版と違う印象を受ける。 この後の水島監督の作品「はなまる幼稚園」で、マリナに容姿が似ており、恒松氏が演じている幼稚園の先生(アニメオリジナルキャラ)が登場すると言うネタがある。 劇中のアザディスタンの窮乏状況から、視聴者の一部から『貧乏姫』のニックネームをつけられてしまった。 この愛称は恒松あゆみ氏はつい最近まで知らなかったようだ。 しかし自身のTwipicでマリナと貂蝉キュベレイのフィギュアの写真を公開した際に、「 貧乏姫たまげたなぁ」というユーザーのコメントがありそこで初めて知ったそうだ。 ちなみに恒松氏はツイッターでそのユーザー宛に「 「貧乏姫」って、割とメジャーな呼び方なんでしょうか?」と返信、そのユーザーに上記の貧乏姫の由来を教えてもらった際の返信で、「 なんとも複雑な気分になってしまうニックネーム ? ですぅ・・・。 」という返信があった。 『』の主人公の母親の名前もであり、声も恒松あゆみ氏が演じている。 恒松氏は刹那の母も演じていたので、結果として2作連続で主人公の母親役である。 商品情報 [ ] リンク [ ]•

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刹那Fセイエイの名言まとめ!50年後の帰還の真相と最後のメタル化理由も

マリナ イスマイール ラスト

概要 [ ] 「」のヒロインで、の第一皇女。 アザディスタンの王制復活に伴い、旧王室の血縁者であることから皇女に選ばれた。 自国が貧困とテロで苦しんでいるため、様々な国に支援を求めて世界各地を飛び回っている。 太陽光発電の電力受給権を獲得し、経済を立て直そうと考えている。 側近のシーリンは学生時代からの友人でもある。 刹那とは外交で訪れたイギリスで出会った。 彼に戦いを止めさせたいと考えている。 後に刹那からの手紙で、「戦いは恥じるべき行為であると共に、戦いでしか世界を変えることができない」という刹那の想いを知り、涙を流した。 地球連邦設立後は過去にとの関係を持ったことで疑われ拘束されるが、その事実を知った刹那によってアレルヤ救出作戦の折に一緒に救出される(拘束はリボンズの差し金だった)。 アザディスタンに戻ろうとするもののリボンズの命を受けたサーシェスによって王国は壊滅、連邦の管理下に置かれてしまう。 に身を寄せるが一貫して戦闘行為は拒否を貫く。 子ども達との交流の中自分にできることを模索し続ける。 子どもたちとの歌声は一時は刹那さえ戦闘を止めるほどであった。 その後の再会で刹那と互いの過去を吐露し合い、彼が戦争を憎み、戦い続ける理由を知り、さらに絆を深める。 最終的にはアザディスタンに戻り復興に尽力、対話によって世界の平和を維持する道を模索し続ける。 刹那には「自分の幸せを探して欲しい」と手紙に綴ったが、考えようによってはマリナも自分の幸せを放棄して「アザディスタン皇女」としての立場を貫いているとも言える。 劇場版では公務で宇宙に来ていた際にトラブルに遭遇するも、ソレスタルビーイングによって事なきを得る。 エピローグでは政治家として職を全うし、隠居している様子が描かれている。 小説版によると一人の子の母となるより、国民の母となる事を選びアザディスタンに尽くしたらしい。 現代の聖母と呼ばれるほどであったとか。 二期劇中で「普通の家庭で育ち、音楽の道に進もうとしていたが、血筋のせいで皇女に選ばれた」と発言している。 ここでの普通とはおそらく権力とは無縁という意味であると思われ、紛争などで国の情勢が苦しかった当時でも大学に通えていることから経済的には裕福な家庭だったと思われる。 マリナ役の恒松あゆみ氏は刹那の母の声も演じているが、小説版で明かされた設定を見る限り、意図的なものと思われる。 小説版では母の声と酷似した女性であるマリナに対して刹那が安らぎを覚えたり、子供達と接するマリナに母の面影を見る場面がある。 また監督は声優に恒松氏を起用したことについて、「声に気品と優しさがあって、それに不幸が見えた」「声のトーンそのものから不幸を受容している雰囲気が必要だった」と発言している。 OP映像について [ ] 1stシーズン第一期OPでは「 マリナが真っ逆さまに落下して花のイメージに変わる(しかも刹那がそれを掴みきれない)」「 刹那の目の前でマリナに酷似した女性がエクシアに宿る(あくまでエクシアのイメージであってマリナではないらしい。 おまけにこの時の歌詞が「明日へ立ち向かう貴方を守りたまえ」)」等、マリナの死を連想させる描写が多々なされていたが、それらのフラグを全てへし折ってしまった。 総じてOPテーマの扱いだけは良い印象である気がしないでもない。 なお、本作のOPにおいて刹那とマリナが同時に登場した際は大抵「手を繋ごうとする」描写がなされるが、この描写はOPが変わるごとに刹那とマリナの関係が進展していることを暗示しているようにも見える(1st第一期OP:「刹那が落ちて行くマリナを掴もうとするが失敗」、2nd第一期OP:「刹那とマリナが手を繋ぎ合おうとするが掴みきれない」、2nd第二期OP:「刹那がマリナのものらしき手と繋ぎ合う」)。 色々な考察があるが、この「手を繋ぐ」ことは「分かり合う」人と人の描写であり、「お互いが手を差し伸べているのに繋ぐことができない」という表現は「お互いが分かり合おうとしているのに分かり合えない」という意図が見られるという。 特に2nd第一期OPでの「手をつかめなかった刹那がガンダムとなり、剣を取る」箇所は、分かり合うことの必要性を理解しながらも、武器を取るというイオリア計画の一端を表現したものと言われている。 登場作品と役柄 [ ] ヒロイン。 物語ではなく、主人公の人間性により深く関与するタイプだと言える。 二期分割方式になった影響で、出番が減ったと監督が発言している。 皇女としての役目をこなし、中東の安定に尽力している。 衝撃的なエピローグは話題を呼んだ。 人間関係 [ ] かつて自国が滅ぼしたクルジスの少年兵。 自らが批判するCBのガンダムマイスターでもあるが、平和への道を目指す同志でもあり、何かと心を砕いている。 全く違う方法で全く同じ目的を果たそうとした二人は、劇場版のエピローグでついにお互いを理解した。 そういう意味ではマリナもまたガンダム00の主人公ともいえる。 侍女兼アドバイザー。 友人でもあり幼馴染でもある。 1stのエピローグで決別するが、2ndではカタロンに保護された際に再会する。 マリナの非暴力主義を批判していたが、後にマリナの戦いを理解してからは影から支える存在となる。 政治的に対立する立場にあるが、個人的には親しい人物。 皇女になる前から何かと世話になっていたという。 カタロン第三支部長。 偶然合流したマリナを終戦まで保護した。 カタロンの子供達 戦災孤児や難民であり、カタロンに保護されている。 アザディスタンが復興後にはマリナに引き取られた。 劇場版のラストシーンには成人した彼等とマリナの写真が飾られているシーンがある。 名台詞 [ ] 1stシーズン [ ] 「私、マリナ・イスマイール」 刹那と初めて会った時の自己紹介。 「そんな……笑えない冗談だわ」 刹那に正体を明かされた際の台詞。 刹那がCBメンバーであることも問題だが、アザディスタンにガンダムが来るとなれば本人は二重に笑えない。 「刹那のじゃない…」 TV放送されるトリニティ対部隊の映像を見て。 多くの視聴者は「問題はそこかよ!」と突っ込んだことだろう。 「だからね…もう、戦わなくてもいいのよ」 「いいのよ、ソラン…」 刹那が見た夢の中での台詞。 この言葉に、刹那は夢とはいえ手にした銃を落としてしまう。 また、この一連の描写は夢とは言え、マリナが刹那を「ソラン」と呼ぶ数少ない場面である。 ここでマリナが「ソラン」と呼んだのは、刹那が母親と声が酷似したマリナにそう呼んで欲しかったためと考えられる。 2ndシーズン [ ] 「あなたが…泣かないからよ」 4年ぶりに再会した刹那が未だに戦いを続けている事に涙を流して。 「違います」 ミレイナに「お二人は恋人なのですか?」と尋ねられて即答で全力否定。 しかも刹那の「違う」とハモっている。 「刹那、私と一緒に来ない?アザディスタンに」 アザディスタンを争いのない国にしたいと戻る決意を固め、さらに刹那を戦いから引き離してあげたいと考えて刹那を誘うが、 逆プロポーズも同然の発言である。 刹那は「戦うことしかできない」と断ったが実は本気で心が揺れ動いていた…というのは本人だけの秘密である。 ちなみに、スペシャルエディションIIではこのシーンはカットされている。 「無理していたのかしら…でも、あなたも同じに見えるわ。 無理をして、戦っている」 刹那に「皇女よりも音楽家が似合っている」と言われて。 ここまで刹那の心情を理解していたのはマリナくらいであろう。 「平和を求める気持ちは私も貴方も同じなのに。 分かり合っているのに…」 「どうして、私と貴方の道は交わらないのでしょうか?」 「貴方は武力を行使して世界から争いをなくそうとしている…。 もしそれが実現できたとしても、貴方の幸せはどこにあるのでしょう?」 「罪を背負い、傷ついて、それでも戦い続ける…。 そんな貴方の生き方がどうしようもなく悲しく思えるのです」 「自分の中にある幸せを他者と共有し、その輪を広げていく事が本当の平和に繋がると私は考えています」 「だからどうか貴方も、貴方の幸せを掴んでください」 「刹那、貴方に幸せが訪れる事を、私は祈っています」 最終話にて、刹那に宛てた手紙(ただし小説版によると書いただけで送っていない)。 マリナのこの願いも虚しく、刹那は自らの幸せを放棄してソレスタルビーイングとして戦う道を選び、マリナもまた自らの幸せを放棄する形でアザディスタン皇女として平和を広げる戦いを続けるのだが…。 劇場版 [ ] 「あなたに事情があるのはわかっているつもりです。 だからこそ、お互いに理解を深め、最善の道を探したいのです……」 「争うことではなく、話し合うこと、わかりあうことで……」 「あなたも、間違ってはいなかった……」 エピローグにて。 00のテーマ「対話による相互理解」の一つの答えと言えるだろう。 他媒体 [ ] 「……彼の瞳……」 「……あの瞳を信じたい……」 「……いいえ、信じるわ……」 小説版にてソレスタルビーイングがラサーの救出を伝えた際にシーリンに罠の可能性を指摘された際の台詞。 「あ、あなたは。 どうしてそんなにまでして。 戦うの?あなたの行いは間違っている。 それでも。 あなたは戦うのね」 1stシーズン小説版第一巻におけるマリナの心情が描かれた地の文。 ある意味で刹那の本質を表した発言である。 「あなたはどうしてる?」 「僕はね、元気だよ」 マリナが歌う挿入歌『TOMORROW』の歌詞における最後の一節。 マリナが子供達と共に歌を作ったという設定上、この部分はマリナの刹那に対する偽らざる想いが込められているのだろう。 他にも『TOMORROW』の歌詞の中では「 失くす事が拾うためなら、別れるのは出会うため」という刹那とマリナの関係を示唆した部分がある。 搭乗機体・関連機体 [ ] 救出時に同乗している。 余談 [ ]• 初期の設定では実は19歳(一期時点)だった。 高河ゆん氏によるその頃の設定画では、ややツリ目気味でTV版と違う印象を受ける。 この後の水島監督の作品「はなまる幼稚園」で、マリナに容姿が似ており、恒松氏が演じている幼稚園の先生(アニメオリジナルキャラ)が登場すると言うネタがある。 劇中のアザディスタンの窮乏状況から、視聴者の一部から『貧乏姫』のニックネームをつけられてしまった。 この愛称は恒松あゆみ氏はつい最近まで知らなかったようだ。 しかし自身のTwipicでマリナと貂蝉キュベレイのフィギュアの写真を公開した際に、「 貧乏姫たまげたなぁ」というユーザーのコメントがありそこで初めて知ったそうだ。 ちなみに恒松氏はツイッターでそのユーザー宛に「 「貧乏姫」って、割とメジャーな呼び方なんでしょうか?」と返信、そのユーザーに上記の貧乏姫の由来を教えてもらった際の返信で、「 なんとも複雑な気分になってしまうニックネーム ? ですぅ・・・。 」という返信があった。 『』の主人公の母親の名前もであり、声も恒松あゆみ氏が演じている。 恒松氏は刹那の母も演じていたので、結果として2作連続で主人公の母親役である。 商品情報 [ ] リンク [ ]•

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